傀儡草紙
06.反抗 ―誘導ロボット―
深夜。0時をちょっと回った頃だった。
各駅停車しか止まらない寂れた駅に電車が停まる。降りたのは数人だけ。その中の一人、外山は改札への階段を力なく上り、コンコースをとぼとぼと歩いていく。そして、改札の数メートル手前でポケットから財布を取り出し、だるそうに改札の入口にたたきつける。改札機は財布の中のカードに呼応はしたものの赤く点灯し、警告音とともにフラップが行く手を遮った。彼は舌打ちをしながら精算機へと向かい、精算を済ませ、あらためて改札を通り抜ける。深夜まで残業をし続け、日付が変わる時刻にようやく最寄り駅にたどり着いた外山は、誰もいない自宅でつかの間の休息を取るために、これから歩いて帰るところだった。
精算機でのチャージの作業すら面倒に感じるほど、疲れは限界に達している。あんなこと、モバイルにしてカードの登録をしておけば起こることはないのに。だが、不安定で薄給な業務がカードを作らせてはくれない。貧しさが面倒を少しずつ引き起こし、ちぎるように体力や余裕をむしばんでいく。外山の脳内にはそんなイメージがこびりついて離れない。
改札を抜け、家へと歩き出す。自転車を使うほど遠くはないが、歩くには面倒という微妙な距離。借りるときもこの駅への中途半端な距離は気になっていた。だが、疲れのたまっている今は、このアパートを借りるという選択をした自分をことさら恨めしく思ってしまう。
先が見えない、暗い、曲がりくねった細い道。
途中には一応コンビニがある。でも、そこで弁当などを買うほどの余裕はない。そうすれば少しは楽になるが、明日以降の懐事情を考えるとそれはあまりしたくなかった。
家に帰って冷蔵庫の中のあり合わせのもので大してうまくもないものをこしらえ、それをあてに残った安酒を飲み干し、明日に支障を来さない程度に胃袋を満たして酔っ払い、その勢いで眠りにつく。それしかできないし、そうするしかない。それは確かに休みではあるが、どうも休みのような気はしない。外山は暗くどんよりした気持ちで自分の数少ない自由時間をも受け止めていた。それをやることしかできないのが、やらされている感じがして仕方がないから。
そんな思いを抱えて外山は家路を急ぐ。ふと気付くとその眼前に、普段とは違う光景が広がっていることに気が付いた。
何やらやかましい音とともにヘルメットをかぶった人々が忙しなく動き、道路の一部がめくられその下の土がむき出しになっている。その周囲にはガードフェンスやバリケードが立ちふさがり、一般人の侵入をさまたげていた。
言わずとしれた道路工事。私たちが安心、安全に通行を行えるために道路に何らかの変更を加えているのだろう。こんな深夜にやっているということは、近隣の住民にも知らせが届いていたのかもしれない。外山は郵便物の確認なんてろくにしない生活なので、こんな工事が行われることは知らなかったが。
しかし、この手の道路工事はしょっちゅう行われている気がするが、工事でいったい何が変わるんだろう。奇妙なほど工事前と工事後の違いが思い出せない。どうせ、そろそろ暖かくなってきて年度末も近いことだ、割り当てられた予算を使い切りたくて、する必要のない工事を無理にしているんだろう。こちとらその日の金にも困っているというのに、ぜいたくなこった。
つらい仕事とわびしい生活ですっかりやさぐれている外山は、目の前の工事現場に対してもこのようなねじけた感想を抱いていた。そして、忌々しさを抱えながら、ロードコーンによって作られたすぐ脇の歩行者用通路を歩き出そうとする。そのとき、あるものが目に入った。
それはガッコン、ガッコンと物々しい規則的な音を刻みながら振り子のようなものを揺らしていた。そして黄色い回転灯を携えてそこに直立し、道路と歩行者用通路の境界線を明確にさせている。高さは外山と同じくらいで、その上部には黄色いヘルメットと作業服に身を包み、やる気に満ちた顔つきの男が描かれていた。
車を誘導するロボット。いや、ロボットと言えるほど複雑な機構とは思えないが、とにかくそいつは右手を激しくガコンガコンと鳴らして揺らし、左手で高く回転灯を掲げて車の誘導業務を行っていた。それほど交通量の多くないこの道路では出番はそれほど多くないと思われるが、それでもこのロボットはひたむきに業務を続けている。
「…………」
外山は忠実に仕事をこなすロボットの脇を無言で通り、歩行者用通路を抜けて家に向かう。だが、その心中は先ほど以上に重く、暗くなっていた。
もはや俺には自由というものは残されていないのではないだろうか。このまま会社の指示でやりたくもない業務をし続け、休息時間もできることはせいぜい酒をかっくらうだけ。揚げ句の果てには、往く道までロボットに指示される始末……。
もしかしたら、俺はこのまま誰かに誘導されて一生を終えるのかもしれない。いつも誰かの判断を仰いで、いつも誰かの顔色をうかがって、それをひたすら繰り返して、気付いたら老いさらばえて……。
そんな人生は嫌だ。自由がほしい。ほしいが、俺にはどうすることもできやしない。
いや、一つだけある。自由をつかみ取る方法が、つかの間の自由かもしれないが、それでも自分の人生を生きている、そう実感するための方法が。
外山はコンビニへと立ち寄る。そして、ビールと弁当を購入し、再び家路に就いたのだった。