傀儡草紙
04.慰霊 ―ダミー人形―
今日、一通のメールが私のアドレスに届いた。
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野宮自動車工業株式会社 第3開発部部長 船川さま
株式会社ドールイノベートの今井です。いつも大変お世話になっております。
先日、ご依頼をいただきました人形の設計、開発、試験が完了いたしました。プロトタイプ品と設計図を貴部宛に発送いたしました。
お手数ですが、届き次第、ご確認くださいますようよろしくお願いいたします。
さて、先日の打ち合わせの際にご相談させていただきました件について、お話がございます。
弊社、ドールイノベートは社長である私も含めて従業員3名のとても小さな会社です。しかし、これは人員の拡充を怠っているからではなく、あくまで高い技術力を持つ者による少数精鋭での作業を旨とし、私たちにしかできない仕事を受注して、確実に納期に間に合わせるという方針を社是として掲げてきたからでございます。
その結果、大変ありがたいことに船川さまに目をかけていただき、お仕事の発注をしていただくようになり、今では絶大な信頼を置いてくださるような関係となりました。誠に感謝している次第です。
ところが、打ち合わせでもご報告させていただきましたように、近頃、この私どもの長所である技術力に陰りが見えてきてしまっている事態となっております。
私が頼りにしておりました2人の従業員が相次いで辞めてしまったのです。彼らは退職の理由をはっきりと私に言い残してはいきませんでしたが、私には心当たりがあるように思っております。
先日の打ち合わせで、私はあなたにこの苦しい状況をご説明させていただきました。しかし、あなたはそんなことは大した問題ではないかのような回答をされたのです。
「社員が抜けたなら、新しい社員を入れればいいだけです。彼らが業務に慣れるまで、品質の低下や納期の遅れは少しばかり目をつむりますから」
この言葉を聞いたとき、私はあなたとの、いえ、貴部との信頼がガラガラと崩れていく音が聞こえたのをはっきりと覚えております。
船川さん。はっきりと言わせてもらいます。あなたは重大な勘違いをされておられます。
あなたは私の会社にとって譲れない方針を否定いたしました。少数精鋭を掲げるわが社に、技術力が落ちてもいいから、新しい人間を入れろとこともなげに言ったのです。なぜ熟達したものが社を立ち去ったのかを考えず、代わりを入れればいいという安易な考えで。
これだけではありません。私どもは貴部のとある所業について、大変な憤りを感じていました。それは、私どもが魂を込めて創った人形たちの扱いについてです。
あなたがたは、われわれが丹精を込めて創ったダミー人形をただの物のように扱っています。車をぶつけても、気にするのは車やデータのほうばかり。私たちが創った人形は、せいぜい次も使えるかどうか見る程度。しかもそれができないとわかるやいなや、廃棄してしまうのです。
船川さん、いや貴部には私たちが創ったダミー人形の声は何も聞こえていないのでしょうか。現代社会にそのようなオカルティックな話はナンセンスだとでも言いたいのでしょうか。
あなたがたの元へと送られていく人形は、人の代わりに車にぶつかって、ボロボロの状態になるのです。そこまでしてやっと衝突のデータを生み出しているのです。この衝突で壊れてしまうか、修理してもう一度この場に立てるか、ぎりぎりの瀬戸際の中で。
実験をやめろとは申しません。しかし、それだけのことをしているのに、人形たちはあなたがたに顧みられることは全くといっていいほどない状況なのです。これをかわいそうだとは、これっぽっちも思えませんか。
辞めた二人ははっきりとは言いませんでしたが、命を削って創った人形がそのように扱われることに耐えられなかったのだと思います。何せ、割り切っていたつもりの私ですら、心の中でそう感じていたくらいなのですから。
船川さん。自覚がないかもしれませんが、あなたはそういう人間なのです。
私はもう、あなたがたに今の苦境を理解していただき、その中で会社を立て直していこうという思いはすっかりうせてしまいました。
人の代わりに人形を使えばいい。人が去れば代わりの人を入れればいい。そのような考えの方と今後、仕事をしたくはありません。
先述しました納品物。この仕事を最後に貴部、いや、貴社との取引は終了したいと思います。打ち合わせ中にお引き止めのお話をいただき、棚上げになっておりましたのを、こちらからの連絡で一方的に決めてしまったことについては誠に申し訳なく思っております。
蛇足ですが、これから私は今まで創ってきた人形たちの慰霊をしたいと思います。あなたがたはこれからもどうせ、使い捨てるかのごとくダミー人形や下請けの人間を扱っていくでしょうから、しょせん焼け石に水だとは思いますが。
最後に、ぶしつけに一方的なメールを送信いたしましたことを、なにとぞご容赦くださいますようよろしくお願いいたします。
株式会社ドールイノベート 社長 今井 義治
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メールを読み終え、新たにダミー人形を制作する下請けを探さなければ、とゆううつに思っていたそのとき、部下が慌ててオフィスに駆け込んでくる。
「船川さん! 衝突実験室に……」
何かと思って駆けつけると、ダミー人形をぶら下げるはりに普段とは違う何かがぶら下がっていた。
その何かが自然にくるりとこちらを振り向き、正体があらわになる。
くびれた今井さんの青く膨れた顔がそこにあった。だが、それは今井さんだけじゃない。今まで実験で破壊してきた人形たちの苦悶の顔つき。その恐ろしい表情が、今井さんの顔から次々と浮かび上がっては消えていく。
今井さんらが創り、私たちが壊した多くの人形の怨嗟の表情。私はそれをぼんやりと眺めることしかできなかった。