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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Faff

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「それは、安心させようとしてる?」
 ツグミが神経質に笑いながら言うと、米原はうなずいた。ツグミは、ハンドルをくるくると回す米原の表情を観察した。単に路肩に車を寄せているだけのように、そこには何の感情もない。話せば話すほど、何を考えているのか分からなくなっていくが、実際には何も考えていないのかもしれない。ティアナが段差を乗り上げてチェーン脱着所の中へ入り、米原はヘッドライトを消して大きく外周を回ると、アリストに近づいた。照明柱の光が届かないぎりぎりのラインを走るのは、いかにも訓練を受けたモズという感じがする。
「米原くん、双葉さんと組めなくなって、寂しい?」
 ツグミが言うと、米原は苦笑いを浮かべた。
「はい。こっちは、新米のままでしたんで。もっと色々と、教わりたかったっす」
 この車の走らせ方も、双葉が教えたのだろう。どう会話を繋げるかツグミが考えていると、米原はブレーキランプを光らせることなくエンジンブレーキで減速させて、サイドブレーキをゆっくりと踏み込んでティアナを停めた。車からは、一切の光を出さない。いつもそうしているのだろうが、ここまで意識したのは初めてだった。ツグミは、米原が上着の下に装着しているホルスターを指差した。
「今日の銃は、でかいやつだね」
 米原は、いつもならダッシュボードの中に小さなリボルバーを入れているだけだけど、今日はショルダーホルスターにM&Pを入れている。ETS製の二十一発入る弾倉をつけても体にすっぽり収まるのは、その体格のおかげだ。もしかしたら、カラスが殺害予告の件を話してくれたのかもしれない。ツグミが前に向き直ると、米原はアリストのトランクを見つめたまま、言った。
「ツグミさん、殺されるかもって思ってる人間ほど、殺しやすい人間はいないっす。その時点で、相手の仕事は半分終わったようなものですから」
 米原がここまで長く話すのは、初めてだった。ツグミが呆気に取られていると、米原はM&Pをホルスターから抜いて、グリップの側を差し出した。ツグミはその威圧感のあるシルエットに、思わず体を引いた。
「銃はあまり好きじゃない」
 米原は納得したようにうなずいたが、銃を差し出したまま動かなかった。ツグミが根負けしてM&Pを受け取ると、米原は上着のポケットからくしゃくしゃに折れ曲がったエコーの箱を取り出して、ティアナから降りた。煙草を吸おうとしている。気づいたツグミは、慌てて助手席から降りた。米原は煙草を一本くわえると、火を点けて煙を深く吸い込んだ。煙草の先が溶岩のように真っ赤に光り、故障した車のように鼻と口から煙を吐き出した米原は、一気に三分の一ほどが灰になった煙草の先を見つめた。
 ツグミはM&Pのグリップを握りしめて、辺りを見回しながら言った。
「危ないよ。煙草の火は的になる」
 米原は何度か首を横に回して、自分がまだ生きているということを確認するように、柔らかな表情で言った。
「でも、弾は飛んでこなかった。だから今日は、大丈夫っす」
 ツグミは自分の全身が震えていることに気づいて、歯を鳴らしながら笑った。これが、米原なりの気遣いだ。自分の命をあっさりと差し出して、死ななかったことでそれを証明した。
「ほんと、ネジが飛んでるよ」
 ツグミが言うと、米原はアリストのトランクに鍵を差し込んで、言った。
「ティアナの後ろに隠れてください」
 言われた通りにツグミが回り込んで屈みこむと、米原はトランクを開けてうなずいた。
「大丈夫っす。中身も入ってます」
 米原の気遣いは続いているようだった。ツグミはトランクの陰から顔を出して、M&Pを投げて返すと、両手で受け取った米原に言った。
「ありがと」
「いえいえ。ツグミさんを死なせたら殺すって、カラスさんに言われてますんで。ここで死んでも、同じことです」
 米原は歯を見せて笑うと、ティアナのトランクにガンケースを放り込み、運転席に乗り込んだ。ツグミは助手席に這うように戻りながら、思った。カラスは滅多に、熱いところを見せない。そのほとんどは、後から行動で分かる。米原が煙草を吹かして自ら的になってみせたのと、同じことだ。
 何ごともなくホテルに戻り、地下駐車場で待っていたカラスは、無傷のティアナを見て笑顔になった。助手席から降りたツグミは、トランクを開けてガンケースを持ち上げると、カラスに言った。
「心強かった、ありがと」
「米原くんは、いい的でしょ」
 そう言いながら笑うカラスは、米原がティアナの中に忘れ物がないか確認している様子を、じっと見ていた。これ以上の邪魔をするのは、野暮だ。ツグミはケースを持って作業場に入ると、中身を開いた。理容室シエラが用意したライフルは、AK104。純正のスイベルを簡素な二点スリングが通っている。サプレッサーは、デッドエアー製のウルヴァリン。これは、当たりに分類される。ツグミはダストカバーを取り外して、リコイルスプリングとボルトを取り出した。ボルトの先端は、KNSプレシジョンのガスピストンに換装されている。サプレッサーで圧力が変化しても正常に動くよう、調整されているのだろう。本来、依頼に応じた銃というのは、こうあるべきだ。ガンケースの外に取り付けられたポーチにはステルスグレーのPMAGが六本、フル装填された状態で収められていた。薬莢の色からすると、弾はPMC製のフルメタルジャケット。カタログ通りなら、123グレイン。
 ツグミが、ライフルを元通りに組み立てて動作を確認したところで、サクラが作業場に顔を出して、その黒髪がまだ揺れる中、言った。
「時間が決まった。急だけど、三時間後の午前四時から、日の出までに片付けて。モズは回収役が遠藤で、引き金を引くのは米原。二人にはもう話してある。そっちの準備は?」
「完了してます。時間の件も、承知しました」
 サクラがそのまま食堂の方に歩いていき、ツグミはAK104を膝の上に置いたまま、息をついた。ホテルに四連泊している米原は働き過ぎな気もするが、人事のレーダーに一度捕捉された人間は、本人が音を上げるまで使われ続けることが多い。上手くやり抜ければ、それは昇格のチャンスでもある。
 ツグミは地図を印刷すると、地図に赤のマーカーで進入路を書き、青で逃走経路を書いた。信号や規制を示す黄色の線を入れる必要はないし、カメラを気にすることもない。ただ、目的の建物ごと蜂の巣にするだけだ。地図をクリアファイルに入れて机の上に置くと、ツグミは壁沿いに設置された大きな棚からダイレクトアクション製の黒いプレートキャリアを引っ張り出して、作業台の上に置いた。そして、作業台の下に乱雑に置かれた装備の中から、ミディアムサイズのSAPIプレートを二枚掘り起こすと、前後に入れた。カラスが私の命を守ろうとしてくれているのだから、私は米原が死なないで済むように最大限の努力をするべきだ。
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ