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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Faff

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 そこから、八年。先代が二年半で代替わりしたことを考えると、『アンちゃん』のキャリアはかなり長い。ホテルの人事に前例主義はないと思いたいが、ツグミとしては最年長になりつつある。ありとあらゆる事情を目で見てきた人間が、『ありがとうございました、もう結構です』と言ったとき、どんな目に遭うか。それはよく分かっている。よほどの幸運に恵まれない限りは、組織の中で泳ぎ続ける以外に生き残る道はない。しかし、ツグミに異動の話が出ているなら、安心だ。それ自体が、組織に重用されているという証拠なのだから。茅野は新聞を広げながら、今までに捌いた依頼のことを思い返した。その通りの銃が調達されたこともあれば、そうじゃないこともあった。百点満点なら、七十点台といったところか。
 おそらくこれが、お互い最後の仕事になる。


− 九年前 −

 何にだって終わりは来るが、篠原もだいぶ身動きがとれなくなってきている。もしかしたら、これでおさらばかもしれない。潮時だ。茅野は店の軒先で缶コーヒーを飲みながら、考えた。街路樹から散ってきた落ち葉の掃除を終えて、ひと休み。開店三十分前の、儀式のようなもの。
 アンちゃんには、足を向けて寝られない。隠し事を知っているという事実が力関係が捻じ曲げて、理容室の通常営業どころか、いつの間にか馴染み客になったモズが、内部事情を教えてくれるようになったのだから。組織の構成員ということは知っていても、自分たちの使う銃がここを通じて手配されているとことは、モズは知らない。だから、愚痴をぺらぺらと良く喋る。その話を総合して、分かったことはひとつ。
 かつて小柳が言っていたらしい、いつか問題になりそうだが、モズのせいになっている内は大丈夫なこと。
 篠原は、依頼をごまかしている。それも、気づかれない程度に納品物の品質を下げる形で。余剰予算は考えるまでもなく、本人の『年金』として個人的な貯蓄に回されているのだろう。だとしたら、小柳はおそらく篠原と言い争った後に殺されている。篠原も『ああ、あいつは揉めたから殺したよ』とは、わざわざ言わないだろう。よくある話だし、知ったことじゃない。こちらは依頼を仲介しているだけだ。だが、巻き込まれたくはないから、篠原には一度だけそれとなく忠告した。
『銃のせいで死人が出たら、大変なことになるぞ』と。
 そもそも、品質度外視で安い銃を求める業者は、あちこちにいる。それを横から掠め取っている篠原は、ただでさえ同業者の恨みを買っている。その上、粗悪な銃でモズが仕事を失敗してしまったら? それが一回ならいいが、何回も続けば、当然『理容室シエラ』に疑惑の目が向けられるだろう。
 そのやり取りをしたのが、一ヶ月前の話。しばらくは何ごともなかったが、つい先週、篠原はコルトコマンドースペシャルを手渡してきた。今はカウンターの後ろに置いてあるが、篠原の言葉をそのまま拝借するなら、『肌身離さず持っておけ』ということらしい。同業者から警告を食らったのだという。
「まったく、大げさなやつだよ」
 思わず出たひとりごとに、缶コーヒーを持ったまま茅野は笑った。
「誰のこと?」
 甲高い声が真横からかかって、茅野は姿勢を正した。隣の場違いなパチンコ屋、パーラー近藤のひとり息子、照也。小学二年生で、いつも学校帰りに窓越しに店内を眺めている。話しかけられたのは、強風で外れかけた看板の『ラ』を外して、錆びついた裏側を修理しているときだった。近藤家は父子家庭で、照也はいつも暇そうにしていた。
『理容室シエって、おばあちゃんの名前みたい』
 ひと息で言い切ったのを後ろから聞いて、何度も頭の中で練習したのだろうと分かった。照也は、パーラー近藤を経営する父親に似て明るい性格で、よく話すし父親と同じ仕草で笑う。
「学校は?」
 茅野が訊くと、照也は自分が来ている服を指差した。
「制服じゃないでしょ。日曜日だよ、今日」
「そうだっけか」
 茅野はそう言って、それとなく用意していた缶コーヒーを差し出した。いつ現れるか分からないから、ポケットに一本入れておくのが普通になってしまった。缶を両手で受け取った照也が笑顔になり、茅野はそれを打ち消すように真顔になった。
「虫歯になるぞ」
「そんな先のことばっかり気にしてたら、人は老け込むだろうね」
 大人のように言い切ると、照也は缶コーヒーの蓋を開けて、肩を揺すりながら笑う茅野の顔を見上げた。
「いただきます」
 かなり渋い砂糖不使用のものを用意しているが、照也はそれが茅野と並んで立つための通過儀礼だと考えているようで、いつも、コーヒーに合わせた渋い顔を作りながら飲んでいる。コーヒーが喉を通りきって、渋い顔の必要性を見失った照也は、言った。
「お父さんが、茅野さんは顔剃りが上手いって。あとでチクチクしないんだって」
「それは励みになるね、ありがとう。あれは、免許を持ってないとできないからね」
 茅野が言うと、照也は自分の頬をパチンと叩いて、言った。
「ぼくの顔剃りもできる?」
「まだ早いよ。何もないのに剃ったら、顔がなくなっちまう」
 照也は、茅野の言葉を繰り返してひとしきり笑うと、コーヒーを勢いよく飲み干し、自分の頬を撫でた。茅野は言った。
「あと数年だな。剃っても剃ってもキリがないぐらいになるよ。そのときは、子供のお客様第一号だ」
 照也は『子供のお客様』というフレーズを気に入らなかったようで、しばらくしかめ面になったが、ようやく用事を終えたように息をついて、言った。
「じゃ、行ってきます。ごちそうさまでした」
「おう、気をつけてな」
 どこにかは分からないし、照也も言わなかったが、おそらく友達の家だろう。茅野は目の前に広がる道路を眺めた。篠原は警戒しているようだが、実際弾が飛んでくるとしたら、どの辺からだろう。例えば、風車がある丘の側に狙撃手がついて、こうやって軒先でコーヒーを飲んでいるところを一発で終わらせてくるとか?
 照也の言っていた虫歯と同じで、そんなことをいちいち真に受けていたら、実際にそういう目に遭うまでの間に老け込んで、相手はこっちの顔が分からなくなるかもしれない。その様子を頭で想像して、茅野は笑った。
 あるいは、例えば、運良く下手くそな襲撃者が来て、篠原のくれたリボルバーで反撃できたら? 有事を自力で跳ね返せたのなら、ホテルからの評価は上がる。
 ただ、そうなってしまった場合は、もう引退はできない。


− 現在 − 
 
 オーディオの時計が全てゼロを指して、日付が変わった。冬季以外は閉鎖される、がらんとしたチェーン脱着所。奥にシルバーのアリストが停められていて、リアウィンドウはスモークで真っ黒に見えた。ツグミはティアナの助手席で、首をすくめた。依頼の銃は、アリストのトランクに入っている。鍵がホテルに届いたのは、数時間前。理容室シエラに銃を頼んで、一日で装備が揃ったことになる。全てがスムーズで、時間通り。ハンドルを握る米原は、運転席の角度と体格が合わずに顔をしかめていたが、ツグミが姿勢を低くしたのを見て、安心させるように和やかな表情で言った。
「いきなりは撃たれませんよ。弾が飛んでくるとしたら、まずはおれの方です」
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ