小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Faff

INDEX|10ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

 プレートキャリアはスピットファイアと呼ばれる軽量モデルだが、弾倉ポーチは前面にタックリロードが三つ取り付けられていて、そこに弾倉を六本入れて、なおかつプレートが前後入っているとなれば、単体で十キロ近い。ツグミは力を込めて片手でプレートキャリアとクリアファイルを一緒に持ち上げると、空いた手でAK104を持ち、階段から地下駐車場に下りた。カラスがランドクルーザーの洗車を終えたところで、その車体は一切の指紋が残らないよう磨き上げられていた。すぐ隣では、回収役の遠藤がグランエースのボンネットを開けて中を覗き込んでいて、それはいつもの風景そのものだった。
 自分にとっては、最後の仕事かもしれない。ツグミが全体を見渡していると、カラスがランドクルーザーのテイルゲートを開けて、ツグミの抱えている装備を見ながら言った。
「プレキャリ着せるんだ。過保護じゃね?」
「体が大きいから、いい的でしょ」
 ツグミが言うと、カラスは口角を上げた。ツグミはAK104の安全装置をかけてトランクに置き、すぐ隣にプレートキャリアを並べた。最後に、助手席の上へクリアファイルを置くと、額に滲んだ汗を制服の袖で拭ってひと息ついてから、言った。
「米原くんは、仮眠とってるの?」
「いんや。多分、メシ食ってる。予約キャンセルが出たから、はも天がめっちゃ余ってるんだって」
 カラスの言葉に、ツグミは笑った。米原にとっては、人を殺すことなんてのは本当に、コンビニでの買い物のような軽い用事なんだろう。ツグミは、薄暗い地下駐車場を見回した。まだ異動の返事なんて内容を考えてもいないのに、すでに頭のどこかでは自分の選択が決まっているように、その景色は全てが過去形だ。カラスがぽんと背中を叩き、飴玉の封を切りながら言った。
「後は任せなって」
「うん、お願いします」
 カラスが飴玉を口に放り込み、遠藤に『気合い入れてくぞー』と言ったとき、ツグミは階段のドアを閉めて息をついた。異動の話で悩んでいるということすら、言えなかった。いつの間に、こんな意気地なしになったのだろう。カラスの悲しむ顔が見たくないからなのか、そんな風に考える自分の傲慢さに、どうにか蓋をしたいのか。自分でもよく分からない。この仕事は大嫌いだったが、思い返せば、周りを取り巻く人は好きだった。
   
  
 アストンマーティンヴァンテ―ジが一本道を走ってくるのが見えて、茅野はハイエースバンのヘッドライトを一度パッシングさせた。午前二時。人通りも車も少なく、まさに自分たちのような人間のためにある時間帯だ。
 かつて、理容室シエラだった場所。看板は取り外されて鋲の跡だけがコンクリートの外壁に残り、全ての窓ガラスは上からベニヤ板で塞がれている。茅野はエンジンを止めると、アストンマーティンをすぐ隣に停めた篠原が降りてくるなり、言った。
「裏を開けてある」
 篠原は厚手のジャケットを羽織って前を留め、首をすくめながらうなずいた。
「田舎は寒いな」
 茅野はうなずくと、ハイエースの鍵をロックして、店の裏手に向かって歩き始めた。篠原は言った。
「あのバンに全部積み込むのか?」
 茅野は振り返ると、ハイエースを見ながらうなずいた。
「それしか、思いつかない。バンごとスクラップにしてもらう」
 篠原は茅野と同じ仕草で振り返り、まるで救世主であるようにハイエースへ目を向けた。茅野は裏口の扉まで来ると、ドアノブを両手で握り込んで強く引いた。ヒンジごと外れそうな悲鳴に近い音が鳴り響き、篠原は手を添えながら笑った。
「錆びついてるのか」
「八年振りだからな」
 茅野はそう言って扉を開き切ると、中へ入ってから半開きの位置まで閉めて、スマートフォンのライトを起動した。五十歳になる男二人が、深夜に眠気と戦いながら倉庫を家探ししている。ここまでのことをするのは、これが最初で最後だ。鉄扉の前で、茅野は言った。
「こいつは多分、二人がかりだ」
 篠原と二人で鉄扉のノブを掴み、力いっぱい引いた。カビ臭い空気が漏れ出して、埃が暗闇をさらさらと舞った。雑然としている上に、電気が通っていないから、作業はスマートフォンのライト頼みだ。
「夜明けまでには、終わらせないとな」
 茅野が言うと、篠原は腕まくりをしながらうなずいた。

  
 ツグミは作業場に戻り、慌ただしく始まろうとしている『仕事』の影響を真正面から受けている胃の辺りをさすった。全てが、あまりにも急すぎる。ちょうど、午前二時を回った。米原は二時十五分に出発する。はも天を食べて、今ごろは最後の仮眠を取っているのだろう。事前説明は、するまでもない。地図は助手席に置いてあって、銃と装備はフル装填の状態でトランクに置いてある。現場まで走って、仕事をして、帰ってくる。それだけだ。
 回収役の遠藤は、米原が現地で捨てたり落としたりしたものを拾い集めて、必要なら現場に漂白剤を撒くのが仕事だ。米原と同い年だが、モズとしての活動はまだ浅く、銃は在庫のグロック26を持たせている。
 落ち着かない。ツグミは作業場の椅子に浅く腰かけたまま、凝り固まった体を無理やり伸ばした。巨大なデータベースのような、頭の中。ありとあらゆる情報が雑然と押し込まれていて、それでも人よりは上手に、その情報を呼び出すことができる。
 大人になったら、カットにおいで。
 茅野は確かに、そう言ってくれた。次の日、どう頑張っても短いだけのいつもの髪に戻ってしまい、それから一週間ぐらいは食欲がなくなったことも覚えている。自分が大人になって分かったことだが、急に子供の相手をする羽目になって、おそらく茅野は困っていた。地図の一点を指差していた時間は短かったが、道路の番号、デフォルメされた動物のイラスト、観光地であることを示す吹き出しがあったことを覚えている。茅野が土産物コーナーで見せてくれた地図には、色々な情報が載っていた。
 大人になったら、という言葉がずっと重しみたいになって、この仕事を始めてからも、あのときに見た情報を検索したことはなかった。道路の番号は、県道39号。デフォルメされた動物は、二本足で立って微笑んでいる狸。観光地であることを示す吹き出しの内容は、『今岡温泉でひとっ風呂』。ツグミは体を起こすと、仕事用のモニターに目を向けた。このパソコンを私用で使ったことはない。でも、今は何かをしていないと、本当に落ち着かない。ひとつずつ検索していき、今岡温泉が廃業して久しいことを知ったとき、ツグミはその写真の背景に写る三基の風車に目を留めた。気にかかったのは風車本体ではなく、独得な形をした土台だった。ツグミは依頼の写真を呼び出した。北側の丘に残る、何かが撤去された後の土台。等間隔で、何があったのだろうと思っていた。これは、風車が撤去された跡だ。
 だとしたら、この依頼の現場は、理容室シエラの旧店舗だ。
 ツグミは椅子を蹴るように立ち上がり、作業場から飛び出した。あり得ないことが起きている。標的は茅野か篠原、もしくはその両方だ。依頼人は、時間を厳密に指定している。だから、そこに標的がいるということをはっきり知っているはずだ。地下駐車場のドアを開けると、エプロンにホースで水をかけているカラスが、目を丸くして振り返った。
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ