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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Faff

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 茅野からのメッセージはシンプルだったが、それを見たとき、自分にしかできない『特技』だということに気合いが入ったのを、ツグミは思い出していた。先代のツグミが残していた十七年分の銃の記録は、破棄する前に全て読み込んだ。そして、自分の代で捌いた分も含めて、全て覚えている。二〇一六年の十月にあった依頼は、四件。うち二件は銃を使わない依頼だった。使われたのは、一件が『モスバーグM590A1、グロック23』で、もう一件は『AK74、ユナートルオーディナンスの1911』。送信すると、丁寧なお礼の言葉が返ってきた。自分の殺害予告と関係があるのかは分からないが、ここ最近で起きたことの中で、アザミやサクラに口が裂けても言えないことがあるとすれば、これぐらいだ。
 これすら取り上げられたら、この仕事は本当に味気がないものになってしまう。そう考えたとき、ツグミは顔を上げた。異動したら、当然このやり取りはできなくなる。異動先がドライブインなら、茅野がご飯を食べに寄ったりすることもあるのだろうか。こっちから会いに行くことだって、できるかもしれない。今より偉くなれば、なんでもありだ。もちろん向こうは、ずっと私信をやり取りしていたツグミだとは、分からないかもしれない。でも、こっちはその顔が分かる。
 カラスは覚えていないと言っていたが、私たちは十五年前に一度だけ、茅野と会っている。まだツグミになる前で、私はいつもビーチボーイズのバーバラ・アンをメロディだけ鼻歌で歌っていたから、アンと呼ばれていた。
  
   
− 十五年前 − 

 茅野は自分を囲む五人の少女ひとりひとりに小さく頭を下げて、ロビーで待っている篠原のところまで戻ると、言った。
「なんだったんだ、あれは。喜ばれてんのか?」
「相変わらずひねくれてんな。声を聞く限り、喜んでんだろ」
 篠原はそう言うと、煙草を吸う仕草を途中までやりかけて、空振りしたように手を元の位置へ戻した。茅野は、五人の髪型を改めて頭に思い浮かべてから、ようやく息をついた。沖浜グランドホテルを訪れるのは、初めてだった。篠原はとにかく人と人を『会わせたがる』タイプで、今日も『たまには楽しい思いもさせてやらないとな』と言い、それが誰のことを指すのか分からないまま、ホテルまでついてくることになった。飯のタネである武器を調達する篠原は、ホテルの中では結構な上役で、明らかに年上の従業員からもお辞儀をされていた。
 案内されるままに辿り着いた図書館の中には、似たような髪型の少女が五人いて、その退屈そうな目はあまりにも不憫だった。篠原が言うには全員身寄りがなく、ある程度年齢を重ねたらホテルで役割を与えられ、一部はそのままホテルの中で出世して、外の世界を知らないまま年を重ねる。
 そして、今日楽しい思いをするのは、不憫な少女五人の方だったらしい。ホテルの中には美容院があって、五人はそこで下手くそなカットを施されるのだという。
『思い切り、お洒落にしてやれ』
 篠原のひと言で、五人全員に似合いそうな髪型を見立てることになった。最年少は十歳で、最年長は十五歳。慣れない設備を使いながら子供の髪を切るのは大変だったが、ひとりずつヘアカタログを見せて、大人のように自分がやってみたい髪型を選ばせた。朝の十時から始めて、終わったのは十六時。ボランティアにしては重労働だったが、生まれ変わった髪型で自分を囲む五人の笑顔を思い起こす限りは、確かに悪くない気もしてきた。
 ロビーから食堂に移動し、コーヒーを注文したところで、篠原が言った。
「ここが心臓部だ。このホテルの中で、依頼が形になって動いてる」
「モズも利用するのか?」
 茅野が訊くと、篠原は三十五歳にしてはやや弛んだ体を揺すって笑った。
「むしろ、モズが使うための拠点だ。監視とも言えるけどな」
 言い終えると、篠原は目の前に運ばれてきたコーヒーをブラックのままひと口飲んだ。茅野は自分のコーヒーに角砂糖をひとつ落とすと、湯気を追い払った。篠原はその様子に笑った。
「猫舌かよ」
 本当なら『舌がおかしいのはお前だよ』と言い返したいところだが、そういうわけにもいかない。同い年だが、そこには覆りようのない序列がある。
 十年前に最初に会ったとき、自分は殺されかけていたのだ。
 立地がいいと言ったのは、篠原と組んでいた男だった。もう名前は忘れてしまったが、そもそも名前を覚えるより前に死んでいた気もする。パチンコ屋の陰にすっぽりと隠れているから、少なくともその方向から襲撃されることはない。風車が回っている側も、地形が単純だから人がいればすぐに分かる。二人が話すのを聞いていたが、何ひとつ頭に入らなかった。
 何故なら、その十分ほど前に強盗に遭って、商売道具の右手を切り落とされる寸前だったからだ。いよいよナイフが振り下ろされると思ったとき、名前を忘れてしまった方が、伸びすぎた髭を切るために入ってきた。篠原は車で待っていたが、仲間が強盗と鉢合わせしたことに気づくなり、店の中に飛び込んできた。ナイフを持っていた強盗犯は、二人の手によってボロ雑巾のようになった。
 そこから十年間、篠原が使う拠点として、理容室シエラは散髪と銃の調達の両面で仕えてきた。銃を扱える拠点は他にもあって、『最も古くて最も融通が利かないのが、おれだ』と言って、篠原は笑っていた。調達先との関係で、他の業者ほど厳密な指定はできない。ただ、納品の速さだけは負けない。それが篠原の強みで、多少目的とずれた銃でも、納期だけは必ず守っていたらしい。
 納期だけは、約束を守る男。それは半分本当で、半分は嘘だ。
 最初は、流通経路が出来上がるまで、という話だった。二年ってとこかなと、篠原は確かにそう言っていた。事情を知った以上は、手が離れた後も監視付きにはなるが、この拠点は一時的なものだ。それが約束だった。しかし、二年が過ぎても何も起こらず、十年が経った。その間に、鉄扉で厳重に封じられた『在庫ストック』用の倉庫が店の中に作られ、様々な内部事情が頭の中に積もっていき、ただの散髪屋だったはずが、今やこの組織についてはかなりの事情通になってしまっている。茅野は冷めてきたコーヒーをようやく口に運ぶと、言った。
「どうして、おれを連れてきたんだ?」
「上が気にしてるんだよ。十年間無事故の拠点ってのは、それだけで珍しいことなんだ」
 篠原はそう言うと、折れ曲がってバランスの崩れた灰皿を引き寄せた。ハイライトに火を点けるのを見ながら、茅野はこの小旅行の目的を理解した。色んな人間に、茅野恭一の面を取らせるためだ。だとすれば、終わりは遠のいた。引退したいとはっきり思うわけではないが、拠点である以上は、物事を大きく変えられない。理容室シエラは、いつまで経っても理容室シエラのままだ。それに、同業の手配屋からは目の敵にされている。いつ弾が飛んできてもおかしくないから、本業は実質、開店休業状態だ。OPENの札をかけたことは、数えるほどしかない。
「事故が起きない保証なんて、どこにもないだろ」
 茅野が言うと、篠原は煙を宙に細く吐き出しながらうなずいた。
「まあね。事故が起きるその瞬間までは、事故なんてものは起きないからな」
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ