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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Faff

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 そのまま作業場に戻るつもりだったけど、結局カラスがいる地下駐車場に出向いた。何も言うつもりはないけど、こうやって異動の話が出た今は、全ての出来事に回数制限が設けられたみたいに思える。地下一階の扉を開くと、新品のエプロンを巻いたカラスがチップソーカッターの機関部に注油していて、その脇に米原が立っているのが見えた。
「ツグミさん、お疲れさまです」
 そう言って丁寧な仕草で頭を下げた米原は、二十三歳。やや猫背で背が高い。双葉の弟子で、車を入庫したときはよくカラスと話し込んでいる。二人が楽しそうに話す様子を見ている限り、相性がいいのだと思う。邪魔をしたくないが、今日ぐらいは特別だろう。そう思ってツグミが手を挙げると、カラスが振り返り、歯を見せて笑った。
「二十五歳が寿命だって話、さっきしてたじゃん」
「それを、米原くんに言ったの?」
 ツグミが言うと、カラスは口角を斜めに上げた。屈託がなくて、本当にいい表情だと思う。米原は猫背をさらに丸めて、鳩のように首を突き出してうなずいた。
「あと二年っす。今まで、ありがとうございました」
 カラスが重そうなエプロンを揺らせながら笑った。
「あはは、真に受けてんのウケる。自分で人生締めてどうすんのさ」
 それを聞いてしばらく笑っていたツグミは、もしかしたら笑い事ではないのかもしれないと思い直して、小さく喉を鳴らした。殺害予告が出ているのは自分だが、米原も面を取られている。自分は異動の話を提案されたが、米原はどうなのだろう。アザミの『米原くんも危ないかもね』という言葉は、具体的な救済策に形を変えて、提示されるのだろうか。モズの命は軽い。もしかしたら、アザミは米原が命を狙われるのを待っているのかもしれない。穴だらけになった体から出てきた弾で相手が特定できれば、米原はそれで役割を果たしたことになる。炭鉱のカナリアのような扱いだが、十分にあり得る話だ。ツグミが小さなくしゃみをすると、カラスが目を丸くしてのど飴を差し出した。
「大丈夫? 地下は冷えるからね」
 ツグミが礼を言いながら飴を受け取ると、つられた米原が大きなくしゃみをして、カラスは笑った。
「うるせー」
 ツグミは目をぱちぱちと瞬きさせると、二人の邪魔をしないようにそうっと作業場を離れた。いつもならカラスと声を合わせて笑うところだが、うまくいかなかった。一階に上がって作業場まで戻る間、ヒバリとすれ違った。いつもつけている香水にアフターシェーブの匂いが混じっていて、内鍵がかけられる従業員用の控室で何をしていたのかは、なんとなく想像がついた。歴代、ヒバリには軽い女が選ばれるらしい。こんな遅い時間は珍しいが、相手は篠原だったのかもしれない。
 作業場に戻って古い椅子に腰を下ろし、ツグミは制服のポケットを探って小さく息をついた。やはり、メモが入っていた。ヒバリの直筆は仕事の依頼だ。ノートパソコンから依頼内容を確認すると、そこには標的の位置を示す緯度と経度が書かれていた。ツグミはひと通り読み込んで、『居合わせた全員』という文字に行き当たったとき、目を丸く開いた。
 ここから先は、分業の世界だ。自分の仕事は、標的をどのように仕留めるかを考えること。アザミが人を選び、サクラが予算との兼ね合いを見る。逆に言うと、篠原に調達費を明け渡すサクラは、その予算でどんな銃が用意されたかは知らないし、アザミは自分が選んだモズの手によって、どこで誰が殺されるのかを知らない。私は標的の場所とモズが使う装備を知っている代わりに、その他のこと全てを知らない。誰も全体像を知らないからこそ、歯車として機能している。そして、その歯車の中に、依頼人の背景を知っている人間は、ひとりもいない。依頼を仕分けするのは、かつてクジャクをやっていた上層部の面々だ。
 それにしても、今回の依頼人は随分と物騒な考えを持っているようだ。だとしたら、用意する装備と車も両方が物騒になる。その塩梅を決めるのは、自分の責任だ。ツグミはタワー型のパソコンに向き直ると、座標を打ち込んで29インチのディスプレイに航空地図を出した。ホテルからは片道二時間の距離。焼け野原のような土地で、信号のない十字路が真ん中に映っている。周囲に並ぶ店舗跡のような屋根は朽ちていて、航空写真でも廃墟だということが分かる。元々は、田舎の中で唯一栄えていた土地なのだろう。座標はピンポイントで交差点の南東にある建物を指していた。防犯カメラどころか、信号もない。ゲンチョーに出すまでもない、単純な仕事だ。引き金を引くモズがひとり、回収役がひとり。
 日時は改めて指定するが、五日以内を想定。時間帯は、午前四時から午前六時の間。北側の丘には、何かの土台だったように見える三角形の建物が間隔を空けて並んでいて、その脇を細い道路が一本だけ通っている。西と南は完全な空き地になっているが、アプローチするとしたら影が目立たない南側からだ。車は車高の高い四駆。標的の建物はRC構造の可能性が高いが、弾は用心して7.62ミリを使う。南側に高低差はないから、標的の隣に建つ縦に長い建造物を回り込む形で近づけばいい。脱出は単純で、来た道を戻る。回収役には在庫の車と拳銃を充てればいいが、実際に依頼を完了させるモズには、新しい装備を用意した方がいい。どの道、7.62ミリ口径のライフルは手元にない。ツグミは頭の中で整理を終えると、依頼内容を文章にまとめた。
 ひとつは車のディーラーで、五枚ドアの四駆とだけ指定した。もうひとつは理容室シエラの茅野で、こちらは銃や装備を扱うから、手順通りに暗号化されたメッセージを送る必要がある。
『納期は三日以内。口径7.62ミリのライフル。サプレッサー必須。カラシニコフも可。フルメタルジャケット百八十発、弾倉六本』
 暗号化する前に、ツグミは文章を追加した。茅野との連絡は、単なる仕事のやり取りだけではなく、いつも私信を付け足している。
『殺害予告が出ました。異動になる可能性があります』
 全部洗いざらい、ぶちまけている。自分でも笑ってしまうぐらいに。ツグミは画面に映るメッセージを見て、眉間を押さえた。茅野とはかれこれ、八年間このやり取りを続けている。でも、本当に好き勝手に言える相手は、この人以外に思いつかない。結局すべての文を暗号化し、テレグラムへ送信した。作業が終わってふと気になったのは、三週間前のやり取りだった。ちょうど依頼の銃を受け取って、お礼のメッセージを送ったときだ。普段はこちらのお礼で終わるはずのメッセージが、もう何回か続いた。
『二〇一六年十月に用意した銃を調べてほしい』
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ