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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Faff

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「一週間ぐらい前かな。発信元を辿ってはいるんだけど、心当たりはない? フロント業務で客に目をつけられたりとか」
 ツグミは首を傾げた。フロントのヘルプに入っていて、一般の団体客に連絡先を聞かれたり、宴会に参加しないかと誘われたことは、何度かある。でも、そんな要求に応じるわけがないし、それはちょっとお酒が入った相手との、他愛のない冗談めいたやり取りだ。
「姿を見られる機会があるとすれば、バイヤーの篠原さんと接触するときの移動ですが……」
 アザミは、ツグミの言葉に納得しかけたが、片方の眉をひょいと上げた。
「それなら、篠原さんの方を狙いそうなものだけど」
 ツグミはうなずいた。銃の仕入れは独得な仕組みになっている。最も利用されるのは、別荘地の近くに建つ理容室シエラだ。店舗自体はオーナーの茅野がひとりで切り盛りしていて、今の別荘地に移転する前は、もっと田舎で営業していた。その店舗は九年前に襲撃に遭ったことで役目を終え、襲撃犯の行方は今でも分かっていないらしい。自分がツグミになってからは、そのような物騒な事件は起きていない。少なくとも、今まででは。
 理容室シエラとの仕事の作法は、昔から変わっていない。まず、依頼を暗号化された情報に変換して、茅野に伝える。ここまでは普通だが、その依頼がそのまま篠原に伝達されることはない。茅野は雑誌の決まったページを開いておいて、篠原はそのページに書かれた情報から何が欲しいのかを読み取り、用意する。例えばグロックが欲しいときは、ページ番号で示す。ヘアカタログの特別号45番が閉じたまま置かれていれば、1911系の拳銃。クラシック特集の雑誌で、モーツァルトのピアノソナタK.545と書かれたページが開かれていれば、口径5.45ミリのカラシニコフ。十五ページ目が飛んでいる漫画が裏を向けて置いてあれば、短銃身のAR15、ちくわが大写しになったおでん特集の旅行雑誌なら、サプレッサー。用意される装備の良し悪しは、今年で五十歳になる茅野と篠原の采配で成り立っていて、センスが古すぎるときもあれば、最新型が用意されることもある。明らかに安物の銃が用意されたとしても、密輸されてきた銃に適正価格などない。それでもこの仕組みが機能するのは、組織で必要とする道具が大方決まっていて、モズが腕前でフォローしているからだ。
 装備はホテルに直接届くわけではなく、篠原が車のトランクに入れた状態で場所を指定してくるから、モズと二人で取りに行く。自分が動くタイミングはそこだけだ。ツグミはそこまで考えると、アザミが見つめるノートパソコンのディスプレイに、目を向けた。表示されている写真はニッサンティアナを前から写したもので、助手席に座る自分がはっきりと写っていた。運転手は米原で、バックミラーを調整するために左手を挙げている。これを許す環境を作ってしまうのは、篠原の脇の甘さが原因だ。時折ホテルに来るから、その顔はよく知っている。いつもまっすぐエレベーターに直行して、用が済んだら一階をしばらくうろついて帰っていく。そしてその間は、ヒバリがタイミングを合わせたように姿を消すことが多い。六人の中で最も情報通なのは、ヒバリだ。人から人へひらひらと飛んで回り、色んなものをくっつけて帰ってくる。最近は、電気の消えたゲームコーナーでひとり、うんざりしたような表情で煙草を吸っているのをよく見かける。
 目を細めて写真を見つめながら、ツグミは言った。
「これは、先月です」
「分かるの?」
 サクラが目を丸く開き、ツグミはうなずきながら写真を指差した。
「米原さんの人差し指の爪が、剥がれているので」
「よく見てるね」
 アザミは口角を上げると、ツグミの方を向いた。ツグミはずっと気になっていることを発言する許可を与えられたように、小さく息をついた。
「どうして、予告が出ていることが分かったんですか?」
「レッカーの業者が、写真が回ってるって警告してくれたから。この感じだと、米原くんも危ないかもね」
 アザミは頭痛の種を仕込まれたように眉間を押さえると、パッと表情を切り替えて言った。
「配置転換は興味ない?」
「私が異動ですか? どこにですか?」
 ツグミは自分の声が上ずらないよう、呼吸を抑えながら言った。アザミは顔を引きながら笑うと、写真を切り替えた。
「来月で廃業するドライブインがあって、拠点に使おうとしてる。双葉さんを送りこむ予定なんだけど、興味があるなら補佐をやってほしい。すぐに返事しなくていいから、来週いっぱい考えてみて」
 双葉は一昨年フロントに異動してきたベテランのモズで、三十代前半。その経歴からしても出世頭だ。ホテルのフロント係にしては強面すぎるが、アザミが甘々な評価をしているのは周知の事実だし、実際仕事はできる。ツグミは自分の表情の変化を悟られないように細心の注意を払いながら、アザミとサクラの顔を交互に見た。二人が明言することはないが、どうやらこれで話は終わりだ。
「失礼します」
 二人から離れるのに合わせて、心臓の音が太鼓のように規則正しく、力強くなってくる。大きな歯車にぎゅうぎゅうに囲まれた歯車だったのが、ひょいとつまみ上げられた気分だ。殺害予告なんて、好きに出せばいい。こういう業界なのだから、つまらない理由で利害の不一致が起きることなんて、よくある。あるいは、組織に揺さぶりをかけるために偉く見える人間を殺してみたり。正直、どうでもいい。ツグミは早足で無人のロビーに出ると、空気を吸い込んだ。本当なら、今すぐ地下駐車場に行って、カラスに報告したい。
『殺害予告が出てるから異動になるかも』
 ひと呼吸で言い切れるぐらいの短い文章。だからこそ、重い。
 カラスとは、二十年の付き合いだ。五歳でお互いのことを認識してからずっと隣にいた。カラスに選ばれたときは泣いていたのを慰めたし、私がクジャクに選ばれなかったときは一緒に泣いてくれた。ツグミはほとんど電気の消えたロビーを見渡した。ゲームコーナーは非常灯の電気で緑色に照らされ、土産物コーナーはネットがかけられている。しんと沈んだ、夜のロビー。簡単に出て行く方法が見つかったからなのか、目の前に見えているはずの景色がどんどん懐かしくなっていく。
 ツグミが深呼吸をしたとき、ロボット掃除機を聞き分けの悪いペットのように抱えた双葉が通りすがり、小さく頭を下げた。
「こんばんは」
「こんばんは、掃除機どうしたんですか?」
 ツグミが訊くと、双葉は呆れたように肩を落とした。
「壊れたんです。今月二回目ですよ。アメリカ製はよく壊れる」
 双葉が仕事で使うのは大抵、欧州製の拳銃だった。最後に現場で使ったのは、45口径のシグP227。本人はスイス製だと思っているが、あれはシグUSAの製品だから、実質はアメリカ製だ。ツグミが依頼内容を思い出していると、双葉は苦笑いを浮かべた。
「台風起こってますね、頭の中で」
「考えることが多くて」
 そう言って双葉の後ろ姿を見送りながら、ツグミは思った。お互いに異動の話をすることはないけど、あなただって、もう掃除機のことなんか気にしなくていいんだ。それにしても、ベテランの双葉と二人で新しい拠点に就くなんて、どう考えてもおとぎ話の世界だ。
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ