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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Faff

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 茅野は出来の悪い生徒に言って聞かせるように、速度を抑えながら話した。篠原は鼻で笑ったが、そこには疑いを振り切れない切れ味の悪さが残っていた。
「ここに、誰かが来るのか?」
「もう、来てるかもな。窓に近づくなよ」
 そう言って笑うと、茅野は倉庫から出て、レジ台の後ろに置かれた椅子に座った。あのとき床に落ちた本は、カウンターの後ろに置きっぱなしになっている。ボードリヤールの象徴交換と死。当時、隣にはコルトコマンドースペシャルが置いてあったが、今は丸腰だ。これから起きることに対しては、一発も撃ち返すつもりはない。倉庫から出てきた篠原は、瞬きを繰り返しながら言った。
「おれを名指しして、依頼が動くわけがない」
 茅野はうなずいた。それは、ホテルの重要な構成員が持つ特権だ。そう簡単には殺されないし、仮に辿り着かれたとしても、それは疑いをかけられた周りの人間が全員死んだ後だ。その手厚さと一方的な理不尽さは、篠原自身が良く知っているし、何よりも頼ってきたことだろう。ただ、偶然間違えた場所に居合わせれば、人は平等に死ぬ。照也が、自分には全く関係のない45口径で頭を撃たれて死んだのと同じだ。種明かしをするように、茅野は言った。
「標的はおれだよ。理容室シエラの、茅野恭一だ。匿名でその依頼を出したのも、おれだけどな」
 ベニヤ板の隙間から外の様子を窺っていた篠原は、動きを止めて振り返った。
「自分で、自分を殺す依頼を出したのか?」
 茅野は、罠に閉じ込められたリスのように動き回る篠原の様子を見て、笑った。おそらく、その動機は理解できないだろう。自分でも、うまく説明はできない。ただ、ツグミを解放できた以上は、もう止めるものは何もない。
 モズに、九年前の仕事をやり直させる。目の前で照也が殺されていながら、無様に生き残ってしまったこっちにも、落ち度はあるのだ。おれはあの時、このレジの後ろで蜂の巣にされるべきだった。
 そして、依頼の通りにことが運べば、それでは終わらない。茅野は言った。
「中にいる人間は全員殺すよう、依頼した」
 篠原は今から起きようとしていることを理解して、倉庫の中に飛び込んだ。茅野が顔だけを向けて待っていると、在庫の中から2.5インチ銃身のM19を拾い上げて戻り、弾が装填されていることを確認しながら言った。
「おれは、お前を殺したかったわけじゃない。この仕事が誰にも邪魔されずに続けばいいって、思ってただけだ」
 その目が半開きになった裏口のドアに向いたとき、茅野は首を横に振った。
「おれなら、そのドアは放っておく」
 篠原はM19を片手に持ったまま、向かいかけた足を止めた。茅野は本をレジ台の上に置くと、今までにずっとやってきたように、傍に手を置いた。篠原はモズのやり方を知り尽くしている。この建物の構成なら、最も暗くて目立たない裏口の側にいるということも、簡単に想像できるはずだ。
 裏口を諦めた篠原は、正面入口に向かって内鍵を開けたが、ライトの帯が遠くで光ったことに気づいて、窓から差し込んだ微かな光から逃れるように、ドアノブに触れた手を引っ込めた。茅野は、その様子に笑った。銃は一挺しか手配していないのだから、モズはひとりで来る。そんなことも分からないぐらいに焦っているのは、正直滑稽だ。篠原はM19の銃口を持ち上げると、ようやく思いついたように振り返った。
「取り下げろ」
 そう言いながらレジ台の前まで戻ると、篠原は茅野の目の前でM19を構えた。銃口と目が合い、茅野は顔をしかめた。
「依頼をか? 構わないが、ホテルを経由してモズに伝わるまで、何時間かかると思う?」
「取り消せ。今すぐ撃たれたいか?」
 篠原が向けたM19の銃口をまっすぐ見返しながら、茅野は笑った。
「もう、間に合わないだろ。それに、おれを撃ったらどうやって取り消すんだよ。お前のやってることは、めちゃくちゃだぞ」
 ヘッドライトの帯が通り過ぎていき、真っ暗に戻った店内で、茅野は篠原に言った。
「お前は、流れ弾で死ぬだけだ。何を怖がってる?」
 

 店の中で、言い合っている声が聞こえる。人数は、おそらく二人。米原は、通りすがった車のヘッドライトの光が途絶えたことに気づいて、耳を澄ませた。光源は北からだった。まっすぐ南に下っていったはずだが、その光は途中で消えた。どの方向に向かっても、光は必ずその跡を残すはずだ。米原は静かに体を起こすと、陰から体のシルエットが出ないように身を低くしたまま、窓のない側から建物に近づいた。
 まずは、中にいると思しき二人を片付ける。歩きながら左手を銃から離して、一番左のポーチの前列に収まる弾倉に指先で触れた。再装填のときに、最初に使う弾倉。安全装置がかかっていないことを右手の人差し指で確認すると、米原は左手をハンドガードに再び添えて、呼吸を浅く保った。
  
 
 篠原が向けるM19の銃口を見つめたまま、茅野は言った。
「おれを撃ちたいなら、撃て。モズの手間が減るだけだ」
 篠原が撃鉄を起こし、茅野はその顔色を見ながら口角を上げた。脅威は丸腰の自分ではなく、どこかからライフルを持って入ってくるモズの方だ。返り討ちにする自信がない様子を見ていると、笑いがこみ上げてくる。
「現実を見ろ。おれは丸腰で、モズはライフルを持ってる。お前の銃は、どっちを向いているべきだ?」
 茅野はそう言ったとき、正面のドアが開いて鈴が鳴るのと同時に、風が吹き込んでくるのを頬に感じた。篠原の構えるM19が機械仕掛けのように入口を向き、茅野は椅子を蹴るように立ち上がって篠原を突き飛ばした。M19が篠原の手の中で暴発し、入口でまっすぐM&Pを構えるツグミの真横を掠めた。茅野は篠原の手を上から銃ごと握り込み、わき腹を蹴飛ばした。息が漏れて力が緩んだように見えたとき、篠原はそのまま引き金を引いた。357マグナムが茅野の左くるぶしを掠め、壁が弾けた。
 茅野は激痛に顔を歪めたままよろめき、体勢を立て直して立ち上がった篠原を見たとき、その後ろで裏口のドアが完全に開いていることに気づいた。片足立ちになった茅野は反対方向に身を投げ出して、まっすぐ歩いてきたツグミに体当たりすると地面に引き倒した。
 篠原は茅野に銃口を向けて、M19を構えた。その人差し指が引き金を絞りかけたとき、真後ろに立った米原がAK104の銃口を向けて、四発を背中に撃ち込んだ。篠原が前のめりに倒れ、米原は五発目をその頭に撃ってとどめを刺すと、細く煙を上げる銃口を茅野に向けたが、真後ろにツグミがいることに気づいて、目を見開いた。
「ツグミさん?」
「この人は殺さないで、お願い」
 米原は混乱したように眉を曲げると、茅野に銃口を向けたまま言った。
「えーっと、他にいます?」
 茅野が首を横に振ると、米原は肩をすくめた。銃から片手を離すと拍子抜けしたように眠そうな目をこすり、正面入口から外を見て、回収役の遠藤がグランエースの前に立っていることに気づき、言った。
「早くねえか?」
「まあ、確かに。急かされたから、早く着いちまった」
 遠藤はそう言うと、呆れたように宙を仰いだ。米原はグランエースのリアハッチを開けて、養生用のブルーシートを吊ったフックの留まり具合を確認した。
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ