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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Faff

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「おー、どうしたの」
「米原くんは?」
「さっき、出発したよ」
 カラスはそう言って、水を止めた。ツグミは肩で息をしながら、うなだれた。茅野が標的かもしれないのに、知らずに米原を送り込んでしまった。九年前に襲撃を受けて以来、旧店舗は使われていないはずだ。まさか、まだ廃墟として残っているとは思わなかった。そこまで考えたとき、ツグミは茅野からの最後の私信を思い出した。
『二〇一六年十月に用意した銃を調べてほしい』
 カラスが目の前まで来て、顔を覗き込みながら言った。
「ちょ、大丈夫? 顔、真っ白だけど」
 ツグミはうなずきかけて、歯を食いしばった。どうして気づかなかったのだろう、二〇一六年というのは、旧店舗が襲撃を受けた年だ。茅野がそれを知りたがったのは、何か明確な理由があるはずだ。
 でも記憶の中には、もうヒントはない。
 
   
− 九年前 −
   
「これが、大人にはちょうどいいんだよ」
「えー、ベッドみたいじゃない?」
 リクライニングチェアに置物のように座りながら、照也は笑った。茅野はスイッチを押して自動で角度を変えながら、器用にバランスを取る照也と顔を見合わせて笑った。
「それだけ粘れるなら、平均台も上手そうだな」
 茅野が言うと、照也は首を傾げていたが、ようやく納得したようにうなずいた。平日の夕方四時、照也は少し離れた停留所でバスから降りると、途中で友達と別れ、ひとりで道路を渡ってくる。いつもなら、そのままパーラー近藤の裏手に回って、張り付くように建っている家に入っていくが、今日は膝小僧が土で汚れていて、様子が違った。何かを言いたそうに店の前を三往復したところで、茅野は根負けして扉を開けた。中に入ってくるなり、照也は学校であったことを興奮気味に語った。体育でドッジボールをやって、最後のひとりになるまで奮闘したらしい。
「おれは、ドッジボールは苦手だったよ」
 茅野が言うと、両手を水平にしてバランスを取っている照也は、驚いたような表情で笑った。
「ほんと? 得意にも見えないけど」
「見えないのかよ」
 茅野はそう言って笑うと、座席の前に雑誌を並べた。
「こうやって、お客さんが暇をしないように雑誌を並べるんだ」
「好みは分かるの?」
 照也は首を伸ばして、表紙を眺めた。茅野はスマートフォンを取り出して、雑誌を並べたときの写真を確認してから、ヘアカタログの特別号45番を脇へどけた。
「こういうのは、大人向けだな」
 特別号45番が閉じて置いてあれば、それはM1911系の拳銃を手配するための暗号。先週依頼を出したときに、そのまま置きっぱなしにしていた。茅野が手に取った雑誌を目で追っていた照也は、視線を元に戻して残った一冊を指差した。
「そっちは、モーツァルト? 音楽で習ったかも」
 茅野はうなずいた。これは、口径が5.45ミリのカラシニコフを手配するときに使う。照也の目には、ただの雑誌に見えているだろう。それが本来の姿だ。だから今だけは、自分の頭から依頼のことを消して、同じ目線で話をしたい。茅野は雑誌を全てどけると、棚から漫画を二冊抜いて、代わりに置いた。
「漫画もある」
「子供向けだよ、それは」
 そう言って照也が胸を張り、茅野はどう見ても子供の範疇を出ないその姿に笑った。
「じゃあ、何がいい? おれはレジでいつも、ボードリヤールを読んでる」
 茅野は言いながらレジ台の後ろに回り、角が取れてボロボロになった本を取り上げた。そして、照也が振り返ったときに、その表紙を掲げた。
「象徴交換と死。読んでみるか?」
 照也が苦笑いを浮かべたとき、入口のドアが開いて、鈴が揺れた、パチンと爪を切るような音が響いて、茅野は入ってきた男がライフルを構えていることに気づいた。本が手から滑り落ち、頭の中で何度も練習した通りに、レジ台の裏に置いてあるコルトコマンドースペシャルのグリップを掴んだ。男がライフルを床に捨てて拳銃を抜いたとき、本が床に落ちて跳ね返った。男の手の中で拳銃が火を噴き、茅野は伏せながら引き金を六回引いた。四発目が男の右肘に命中し、拳銃が床に転がり落ちたのが見えた。男は言うことを聞かなくなった右腕を庇いながらきびすを返し、ドアを蹴り破るように出て行った。床に落ちた拳銃が弾切れになっていることに気づいた茅野は、同じく弾切れになったコマンドースペシャルを右手に持ったまま、よろめきながら立ち上がった。
 照也は、即死だった。右腕と側頭部を撃たれていた。残りの五発はレジ台と壁にめり込んでいて、薬莢はまだ床の上を転がっていた。自分がここに立っているのは、ライフルの一発目が不発だったからだ。茅野は呆然としたまま、大人用のリクライニングチェアから流れ落ちる血を見つめた。
 あいつは、あの一瞬でライフルから拳銃に切り替えて、七発を撃ったのか? 茅野は入口に目を向けた。そして、流れ弾で子供だけが死んだのだ。
「やり直せよ」
 言葉が無意識にこぼれ出て、茅野は夢遊病者のように外へ出た。点々と続く血の跡が途切れて、車のタイヤの痕が続いている。それは、風車が回る方向へ続いていた。仕事は完了していないはずだ。おれを殺す予定だったんだろう。右腕が使い物にならないからって、途中でやめていいのか?
「おれを殺せよ!」
 茅野は、遠くで回り続ける風車に向かって叫んだ。
「戻ってこい! まだ生きてるぞ!」
 殺されなかった。篠原から渡されたリボルバーを使って、往生際悪く生き残ってしまったのだ。茅野は男が落としていった銃を倉庫に放り込み、ホテルに顛末を伝えた。一時間ほどで当たり前のようにモズが数人やってきて、現場を片付けるとパーラー近藤の方へ向かっていった。次の日の朝、照也の父親は首を吊って死んでいるところを、従業員に発見された。そして、近藤照也は学校帰りに忽然と姿を消したことになった。
 そうやって、拠点が襲撃された後始末は、おおよそ十二時間で跡形もなく終わった。
 

− 現在 −

 棚の片付けが済み、残っていた在庫の整理があらかた終わった。後は、運び出すだけだ。茅野は息をつくと、タオルで汗を拭きながらフットロッカーに腰を下ろした篠原に言った。
「近藤照也は、ここで行方不明になった」
 篠原はタオルを首元に挟むと、首を傾げた。
「誰だ?」
「おれがここにいたとき、よく遊びに来てたんだ。パーラー近藤の子だよ」
 茅野が言うと、篠原はようやく思い出したように、宙を見上げた。
「流れ弾で殺された子か。可哀想にな」
「本当にな」
 茅野は立ち上がり、整理された在庫の中から錆びついたライフルを取り上げた。半世紀近い前の型のAK74で、一度割れたグリップはテープでぐるぐる巻きにしてあった。
「この店に入ってきた奴は、銃を両方落としていった」
 篠原は顔をしかめた。茅野はAK74を立てかけると、続けた。
「一発目は、不発だった。そいつはライフルを捨てて、拳銃に切り替えた。七発撃って、流れ弾で子供を殺したんだ。おれは六発撃ち返して、右腕を吹き飛ばしてる」
作品名:Faff 作家名:オオサカタロウ