表裏の性格による完全犯罪
「その時というのは、まだ酒井さんも、自分がその副作用に犯されているということをまったく知らなかった時でしょう」
という。
医者は、そのあと、
「何といっても、酒井さんには狂言癖がありましたからね」
という意味深な言葉を言って、この話を終えたのだった。
捜査本部に戻ってきて、いろいろな話を総合すると、
「坂上という男は、どうやら、酒井を完全犯罪に誘ったと思われる」
といっていた。
「完全犯罪とは?」
ということであったが、
「最初は、軽く話したつもりだったが、坂上を本気にさせたのは、酒井の余命を知ったからではないかな? どうしてしったのかということは分からないが、そう考えると辻褄があわないか?」
という、そして、そのうえで、
「その犯罪の種類というのは、交換殺人じゃないですかね?」
ということであった。
そもそも交換殺人というのは、
「真犯人には、完璧なアリバイを作っておいて、まったく面識のない人が、実行犯として登場する」
ということである。
「面識がないのだから、犯人だと疑われえることはない」
ということであるが、それだけでは、実行犯が圧倒的に不利になってしまうというわけで、そのかわり、
「実行犯が殺してほしい相手を、今度は自分が殺す。そして、最初の実行犯には完璧なアリバイを作る」
ということで完全犯罪を成立させるということであった。
しかし、これには大きな穴がある。
というのは、まず、
「最初に自分が死んでほしい相手を殺してもらった人間が圧倒的に有利だ」
ということである。
死んでほしい相手が死んだし、自分には完璧なアリバイがあるわけなので、何も、自分が相手のためにリスクを犯す必要はないということである。
そして、問題はもう一つ、
「それぞれの犯人が、面識があるということであったり、ましてや、連絡を取り合っているなどということを決してバレてはいけない」
ということである。
過去であれば、
「殺人罪の時効は、15年」
ということで、気が遠くなるほど長いが、
「とりあえず15年」
だったのだ。
しかし、今は、
「殺人などの凶悪犯の時効は撤廃された」
ということで、文字通り、
「死ぬまで、隠し通さなければいけない」
ということになり、
「事実も真実も墓場まで」
ということになるのだ。
その時、清水刑事は思った。
「事実も真実も墓場まで?」
と考えると、
「酒井は、余命宣告を受けていた。そして、酒井は、殺しても殺したりないと思っている相手がいて、その人を殺したいと思っていた」
ということを考えれば、
「もし、坂上が計画したとはいえ、それを少しでも躊躇することは許さないに違いない」
と考えた。
そうなると、立場は逆転。
誘ったつもりで、ひょっとすると、坂上は、
「絶対に誘ってはいけない相手に声を掛けてしまった」
と思ったかも知れない。
考えが浅いところでは、
「この男は、どうせ死ぬわけだから、この男にすべての罪を着せてしまえば」
と考えただろう。
しかし、もう余命が決まっている人間には、この世のすべてが分かったということで、
「もう、途中で辞めることはできない」
と考え、犯行に及ぼうとした。
しかし、それを恐ろしく感じた坂上が、感極まった気持ちになって、
「この恐ろしいと思っている、酒井を殺す」
ということも十分に考えられるというものだ。
だが、よくよく考えると、
「辻褄が合う」
というものだ。
そして、このことが事件の真相であり、
「とにかく坂上に聴くしかない」
ということになった。
この事件は、それぞれ、登場人物の性格的な裏表によって展開されたといってもいいのではないだろうか?
実際の交換殺人は、どこまで進展しているのか分からない状態であるが、とりあえず、事件は、
「大団円を迎えた」
といえるのではないだろうか?
( 完 )
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作品名:表裏の性格による完全犯罪 作家名:森本晃次