失せ物探し 探偵奇談26 前編
瑞は郁の顔を正面から見据える。
「俺、ほんとちょっとポンコツになってるかもだから」
まさにけがの功名。この不幸な状況を逆手に、瑞は郁の優しさにつけこんでしまいたくなる。
「…だから、ちゃんと、俺のこと見てて」
俺のことだけ、見てて。
他の男のことなんて、ちらりとだって見てほしくないのだ。
「目を離さないでね」
ほんの少しだけ、顔を近づけてみる。郁がびくりと肩を震わせた。反応がかわいくて、もう少し意地悪してみたくなる。これだけまじまじと、彼女の顔を見るのは初めてかもしれない。耐えきれなかったように郁が目を逸らした。
「だめ。目を離すなって言ったでしょ」
「あの、でも須丸くん。ちょっと…近くない?」
「全然近くないよ」
近くない。まだまだ遠い。彼女の気持ちを知って、己の気持ちを自覚して、それでもいつまでも切り出せずにいる。すすめずにいる。本当は郁に好きと言わせたい。それがもうじれったい。早く俺のことだけでいっぱいになってしまえばいいのに。
(あーもう…!)
もう、いっそ言ってしまおうか。
こんな距離、本当はもういますぐにだって跳び越えて、抱きしめてしまいたいのに!
「だから近いってば!!」
「いってえ!!!」
「わあ!ごめん!!」
郁に額を思い切り叩かれて、さきほどのたんこぶにダメージが上乗せされる。
「一之瀬ひどいよ!もう今の一撃で絶対血ィ出た!」
「出てないよ!」
じんじんする額を押さえる。自業自得。どこまでも、果てしなく情けない己が心底嫌になってくる。そんな瑞に追い打ちをかけるように背後から声が届く。
「保健室で大騒ぎしてる馬鹿者は誰かな?」
「!!」
「安西先生、頼まれていたものここに置いておきますね」
「あらーありがとう須丸先生」
兄がいた。保健医に書類を届けに来たようだ。サイアクだ…。
「一之瀬さん、弟が何かよからぬことをしでかしたら、今のように遠慮なくぶん殴ってやってね?」
「ひい…!」
「は、はい…」
にっこり笑う紫暮の背後に、どす黒いオーラが視えるようで、瑞は震えあがった。
本当に、今日はとことんついていない…。
後編へ続く
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作品名:失せ物探し 探偵奇談26 前編 作家名:ひなた眞白