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死刑囚の視点(④長谷川真人)

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シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
でも……

(削除済みアカウントからの返信)
 辛いでしょうが、弟さんを救うにはそれしかないです。

ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
……どうすれば?

(削除済みアカウントからの返信)
 弟さんに、あなたをどうしようもない存在だと思い知らせるんです。

ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
どうしようもない存在?

(削除済みアカウントからの返信)
 嫌がらせをするのでもいいし、罵詈雑言を浴びせるのでも良い。
 とにかく、弟さんが、あなたを嫌いになるよう仕向けるんです。

ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
でも……。

(削除済みアカウントからの返信)
 決心しなきゃだめだ!

ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
……。

(削除済みアカウントからの返信)
私はこれまでずっと、他の男性とあなたのやり取りを見てきました。

あなたの気持ちを思うと、辛くて……。
ずっとずっと、あなたのことが心配で……。

「削除済みアカウントからのコメントを復元するのに、時間がかかってしまいました」
 牧野弁護士は、机に置いた紙から顔を上げる。
「まあ、このアカウント主も、裏垢にコメントするような人物ですから、おそらく最初からお姉さんの身体が目当てだったんじゃないかと……」
「え……?」
 僕の喉から、自然と声が出た。
「え…ちょ…」
 牧野弁護士と視線が合う。若いのに前髪が薄く、広くなった彼の額が、徐々に、大きくなってくる。
「ちょ、ちょ……え……」
 僕が座っている椅子が「ぎっ」と不快な音を立てる。
「う、そだ」
「確かに、これはお姉さんが使っていたアカウントです」
 牧野弁護士は少し目を細め、きっぱりと言う。
「確認は念入りに行いました。これから裁判所に提出する証拠ですから」
「うそ、だ」
「嘘じゃない」
 これは、私の予想になりますがね……。おっせかいな弁護士は唇に指を軽く当て、ウザくて、おせっかいな解釈を、勝手に述べ始める。

お姉さんは、このアカウント主の口車にのせられてしまった。
 こんな口車にのせられてしまうくらい、あなたのお姉さんは追い詰められていた。
 でも、真人さん。お姉さんは、最後まであなたを逃がして、守ろうとした。
 
「う、う、嘘だ、嘘だあああっ」
 僕が立ち上がった時、もう網谷が僕の腕と肩を掴んでいた。物凄い力で、僕の身体は牧野弁護士の姿が映っているアクリル板から引きはがされる。「嘘だよ、嘘だ!うそだあああああああっっ」網谷の腕に僕は羽交い絞めにされながら叫んだ。
あの日、僕の部屋に入ってきた姉ちゃんの姿を思い出す。いつも無表情だった姉ちゃんに、どんなに父親や、母親の悪口は言っても、僕のことは決して悪く言わなかった姉ちゃんに、初めて罵られた日のことを思い出す。
 ブザーが鳴り、面会室全体をサイレンの赤が染める。眩しくて、僕は固く目を閉じる。
「あなたは、法廷でご両親やお姉さんのことを『ハエのようだ』と言いました」
牧野弁護士の声がする。「黙れっ」訳が分からないまま、僕は叫んだ。
「今もあなたは、3人に向かって同じことが言えますか?」
 うるさいっ。うるさい、うるさい……。他の刑務官たちも加勢して、全身を抑えられた僕はほとんど身動きが取れなくなる。あの日の姉ちゃんは、確かに、ちょっと不自然だった……。
 
あの日の姉ちゃんは、僕のために、わざと、ああしていたんだとしたら。
 
僕を救おうとした姉ちゃんに、僕は……姉ちゃんの首を、絞めた。この手で、締め上げて、そして、ぐったりとしたら、姉ちゃんのふくらみに、手を当てて……。
「真人さん!」
「もうだまれよお前っ」
 僕は拘束された身体に目一杯力を込めて叫んだ。それでも、おせっかいな弁護士は、鈍く光るアクリル板の向こうから「真人さん!」と、しつこく、何度も僕の名前を呼び続けた。
「私ははっきり言って、あなたを救うことが出来るか、自信がない」
 固く瞑った瞼の周りに、熱がじんわりと広がり、それはやがて顔から胸を、腹を、足を、そして、全身を覆っていった。
「でも、真人さん!あなたにはまだ、法廷の場で言うべきことがあるはずだ」
姉ちゃんの首を締め上げた時、お母さんの顔をゴルフクラブで殴打した時、お父さんの顔を浴槽の中に沈めた時……この手のひらに熱を感じた……あの行いに、自分の行為に一体、何の意味があったんだろう……。
「死刑を回避できるかは分からない。でも、あなたは、自分の気持ちを、その口で、法廷の場で語るべきだ」
 刑務官たちの腕の中で、自分の強張っていた身体から、力がスッと、抜けていくのを感じた。おせっかいな弁護士が、手元の机か、アクリル板を叩いた音が聞こえる。
「控訴しましょう」





 僕は控訴した。

 長く……苦しい裁判だった……。

 3人の遺体の写真を見せられ、僕が思わず視線を逸らせると、説明していた検事から「被告人!」と厳しい声で怒鳴られた。
「目を逸らせるな!被告人!全部あなたがやったことじゃないか」
 検事の深い皺が寄った表情や声には、僕に対する憎しみが込められているようだった。その時、傍聴席からぱらぱらと拍手が起こった。第一審でヒドイ態度をとった僕は、検事や、みんなからすっかり嫌われてしまったらしい。
 控訴審では、僕が3人を殺したときの気持ちをしつこく、何度も聞かれた。証言台に立って話をしている時、上から重いフタのようなものが僕の身体を押しつぶそうとしてくるような感じがした。たまらず首を垂れると、今度は胃から吐き気がこみあげてきた。それが「苦しみ」の正体だと分かった時、僕は、それでも法廷に最後まで立ち続けるために、背筋を伸ばし、うすい胸を張った。話す時に感情を込めると、頭がぐしゃぐしゃになるような気がしたので、自然と棒読みのような話し方になった。
僕が幼い頃、僕がお父さんに殴られている横で、机に向かっていた姉ちゃんの横顔を思い出す。あの無表情の意味が、初めて分かった気がした。物置に閉じ込められた僕から目線を逸らせ「逃げな」と言った時の、姉ちゃんの気持ちがようやく分かった気がした。
 僕はうすく開いた唇の隙間から、少しずつ息を吐くように意識する。胸が苦しくなった時、息を吸うのではなく「吐く」ように意識するのだと牧野弁護士から教わった。それは、僕が過呼吸にならないためのおまじないだと彼は言う。
「もう二度と、このような事件は起こさないと、誓います」
僕が話し終えると、正面に見える裁判官席の、左端に座っていた若い裁判官が「ちょっと、良いですか?」と手を上げる。控訴審から、裁判官の数は3人に減っていた。3人とも固い表情をしていて、僕は何だか怖かった。
「被告人、あなたの第一審での態度を資料で見ましたが……随分ひどいものだったようですね」
 その資料が手元にあるのか、僕に質問しながらぱらぱらとページをめくる音がマイクを通して聞こえてくる。
「あなたは自分の行いを反省するどころか、亡くなった被害者のことを『ハエのようだ』と蔑み、自分が犯した罪については『動物愛護法で裁かれるべきだ』とも仰っていますよね」