死刑囚の視点(④長谷川真人)
僕は、面会室のアクリル板に映る牧野弁護士の表情に向かって吐き捨てる。
「僕も、あの三人と同じ虫けらのような存在ですから……」
僕は地裁で死刑判決を言い渡され、法律が定める控訴期限は2日後に迫っていた。僕に控訴させるために、牧野弁護士は判決が出た日からほぼ毎日、拘置所にいる僕と面会を繰り返していた。
「僕も、あいつらがいる地獄にいきますよ」
「新しい情報を入手したんです」
しかし、おっせかいな弁護士は、まだ希望を捨てていないようだった。
「もう、いいですよ」
ウザったい。僕はぷいと横を向き、わざと音を立てて舌を打つ。隣に座っている記録係の網谷は、相変わらずノートにペンを走らせ続けている。
「お姉さんが生前に使っていた、SNSの裏アカウントが見つかったんです」
しかし、牧野弁護士は諦めない。カバンから一枚の用紙を取り出して机に置く。
「読み上げますね」
「いらない」
「聞いてください」
牧野弁護士は顔を上げ、不貞腐れている僕に向かって、きっぱりと言う。
「ちゃんと聞いてから、控訴するか、あなたの意志で決めてください」
『ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
今日は、アタシの弟について語ろうと思う。
弟は、私の父親の妹から生まれた子。だから、正確には、私にとっては従弟ってことになるね。
父親の妹は、弟が1歳になる前に亡くなって、弟とはそれからずっと一緒に暮らしてる。
だから、私にとって弟は、本当は従弟だけど、本当の弟のような存在なんだ。
いつも私の裏垢見てるみんなは分かると思うけど、私って、いつもヒトの悪口言いまくってるようなサイテー、サイアクなビッチじゃん?
でも、弟は、私と違って、気が優しくて、ヒトを責めないコなの。
父親はことあるごとに弟を殴ったし、母親もなんかヘンな宗教にハマって頭狂って、弟のことを『悪魔の子!』とか叫んだりするし……みんなもう知ってのとおり、ウチの親はいわゆる毒親なんだよね。
でも、弟は、そんな両親のことを悪く言ったことが一度もないんだ。
不思議だよね(涙目マーク)
こんなサイテーな私から、どうして、こんなに良い子が生まれてくるんだろう~って。従弟だけど、弟と私は一応、血は繋がってるから。
弟は、生みのお母さんが亡くなった時、橋の上で凍え死にそうになってたところを、たまたま近くを通りかかったヒトに助けられたんだって。だから、そんな弟のことを、小さい頃はみんな『奇跡の子』って呼んでたらしい。
でも、ウチの母親は、弟のことを『悪魔の子!』って言うんだ。
ヒドイよね。
悪魔はてめえだよ、糞ババアッッッ!
あ、ついいつものビッチ口調が出ちゃいました~(テヘッ)ハンセ~
眠くなってきたから、今日はここまでってことで。
〇月×日午前2時14分
『紳士@おじさん』からの返信
そんなんどうでも良いから、やらせろ~(拳突き上げマーク)
『お姉さまの足元に膝をつく会@会長』からの返信
お姉さま、いつもの動画まだですか~???(涙目マーク)』
『ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
ちょっとスマホなくしたりとか色々あって、久しぶりの投稿になります。
今日、初めて父親に殴られました。
ちょっと事情があって、いま自分のスマホを使えない状況なので、アザの写真とかのせられないんだけど……信じて欲しい。
前にもツイートしたから、みんなはもう知ってると思うけど、私は今まで父親から身体を触られたり、舐められたり、中に出されたり色々されてきたんだけど、でも、暴力を振るわれたことは一度も無かったんだ。
殴られるのはいつも弟だったんだ。
私は、そんな弟を父親から守る力も、勇気も無かったんだけど、せめて、弟と同じ気持ちになりたくて、父親が暴力をふるう時、私はずっと、弟のそばにいるようにしてたんだ。殴られて泣いてる弟のそばにいれば、私も同じ思いになれると思ったから。
でも、今日、実際に殴られてみて分かったんだ。
ゴルフクラブで殴られたんだけど、痛いなんてモンじゃない。
苦しい!胸を叩かれて息が詰まって……でも、そういう体の痛み以上に、殴られてると、自分は父親に「恨まれてるんだ」って実感が叩かれた胸の奥からふつふつと沸いてきて……殴られてると、自分は誰かに「憎まれてるんだ」「要らない存在なんだ」って実感がものすごく鮮明になって、そういうことが、すごく、すごくつらくて、どうしようもなく悲しくなってくるんだ。
私は結局、弟の苦しみを何も分かっていなかったんだって気づいた。
弟はもう18歳になっていて、身体は大きくなってるからもう父親から殴られることは無くなったけど、今は部屋に鍵をつけられて閉じ込められてる。ウチの両親はきっと、弟をこのまま飼い殺しにしておくつもりなんだと思う。
でも、やっぱり弟は何も言わない。自分を殴った父親のことも、自分を蔑んだ母親のことも、決して悪く言わない。
18になって、身体だけが大きくなって、でも、心は父親と母親に殴られていた頃と少しも変ってなくて。私が『逃げな』って言うと、不思議そうに目を瞬いたり、冗談ぽく『姉ちゃんも一緒に行こう』って言ってくる弟の笑顔が、あんまり純粋で、子供じみてて……天使みたいだな、って思うことがある。
弟は、きっと天使なんだと思う。
カワイイ、たまらなくカワイイ私の弟。友達は私のことを陰で『ファザコン!』ってあざ笑ってるけど、私は、ホントは「ファザコン」じゃなくて「ブラコン」なんだと思う。
私はもう逃げられない。あんなサイテーな親でも、一応、自分の生みの親だから。
それに、私は気づいているから。
父親が経営してる会社が今、潰れそうになってるのは、社員が会社のお金を勝手に使いこんじゃったからで、父親は借金取りに追いかけられて苦しんでる。そういう悩みを聞いてるうちに、なんか、そういう雰囲気になって、私は、父親に身体を許しちゃったから。
ヒステリックな母親は、私の分身みたいなものだから。もうずいぶん前から父親に相手にされなくなって、そういう苦しみから逃れたくて、ヘンな宗教にハマっちゃったんだよね。
そういうこと全部、分かっちゃってるから、逃げられない。私は、もうこのまま二人と破滅していくしかない。
でも、どうか、弟だけは、どうか、逃げて欲しい。
弟が破滅していくところを、私は見たくない。
でも、弟は絶対に「逃げない」って言う。「姉ちゃんも一緒に行こう」って言う。
弟は18になった今も変わらない、天使みたいな子だから。
どうしよう、私は、どうしたら良いんだろう……。
〇月△日午後3時54分
(削除済みアカウントからの返信)
あなたが、弟さんに嫌われるしかないですね。
ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
え?
(削除済みアカウントからの返信)
あなたが弟さんに依存しているように、弟さんも、あなたに依存しているんだと思います。
ユーザーネーム:
シニタイ@デモ、イキテタイ(病)
そう……かな。
(削除済みアカウントからの返信)
依存を解くには、嫌われるしかないです。
ユーザーネーム:
作品名:死刑囚の視点(④長谷川真人) 作家名:moshiro