青い瓶(本人登場)
※
カランとベルの音を立てて私は古めかしい戸をくぐり、暑苦しい通りに再び歩みでた。
そのとき、フレームの細い眼鏡をかけた大学生風の女性とすれ違ったが、その人は眉を潜めながら私と入れ替わりに雑貨屋に入っていった。
何となく『探し人かな』と思った私は、その雑貨屋に入るきっかけになった男性のことを思い出したが、そんな全ては夏の熱気とともにあっという間にどこかに溶けて消えてしまった。
暑い。
本当に、暑い。
その日を端的に言い表すとすれば、それ以上の表現はなかった。
でも、私の足取りは不思議なくらい軽くなっていた。
だって今、私の手の中には、私がいる。
かつて私が消え去って欲しいと願い欲した私が、そこに居る。
あんなに小さく青い世界で、座り込んでいるばかりの私がいる。
――私を助けるのはきっと私自身だ。
時間とともに青くなっていく私を、海のように、潮のように、冷たく凪いでいく私を、
励まし、立たせ、前を向かせるのもきっときっと、『私』でしかない。
小さな事でもいい。何か仕事を探そうかな。
出来ることを、何か増やしていきたいな。
ひとつずつ、ひとつずつ。
だけど、とりあえずは――お買い物かな。
私はもう一度手の中の包まれた青い瓶に目を向けた。
そしてあの雑貨屋で感じた思いと眺めた揺らぎに思いを馳せた。
あれは――もしかしたら、私が忘れかけていた何かを思い出させるための、最後の手がかりだったのかもしれない。
(了)