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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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乖離する吾

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この脳と言ふ構造をした頭蓋内の闇の五蘊場に宇宙を丸ごと呑み込めなければ
世界に押し潰されるのみなのであります。
哀しい哉、現存在は此の世に比べれば塵芥に等しき存在でありますので、
思念で以てこの世界、否、宇宙を丸ごと呑み込まなければならないのであります。

幾世代の現存在がありまして、
此の世は何時も現存在を丸呑みしようと手ぐすね引いて待ってゐるのでありました。
然し乍ら、現存在は、それに対抗するべく、思念で以て此の世を丸呑みするのでありました。
その第一歩が私を思念が丸呑みする事なのでありました。

水鏡

微風がぎ漣が立つに映る真夜中の太虚に心奪はれ、
ぢっとそれを凝視しながら、
――これが此の世の涯に違ひない。
と、思はずに入られぬその美しさが映へる水鏡は
此の世の涯の仮象を確実に、
そして、精確に見せてゐる筈だ。

さうして何をも映す水鏡に此の世の涯を仮象するおれは、
水鏡に要らぬ期待を持ってしまってゐるのかもしれぬが、
此の世の涯が鏡だとするおれは、
何をも映す水鏡こそ此の世の涯の景色を具体的に見せる存在だと思ひ込みたくて、
偏執狂的に水鏡を偏愛してゐるに違ひないのだ。

一陣の風が吹き、
水鏡にまた漣が立つと、
それを重力波の如くに見立てる癖があるおれは、
波立つ水鏡こそがやはり此の世の涯の写しに違ひないと思へて仕方ないのだ。
太虚に昇る十六夜の月が水鏡に映るその景色は、
現存在が見る此の世の涯の具象に過ぎず、
此の世の涯はおれの隣にあるかも知れぬのだ。
おれがゐる場所が宇宙の中心だと言ふ考へは、
誰しも持ちたがる現存在の悪癖だが、
現存在がゐる場所が宇宙の涯であっても何ら不思議ではないのだ。
天動説から地動説へのコペルニクス的転回は、現存在の意識にはまだ、起きてはをらず、
意識的に天動説と思って初めて現存在は、己が宇宙の中心だと言ふ思ひを捨てられるのだ。

ともするとおれは宇宙の辺境にゐるかもしれず、
それはそれでとっても面白い事に違ひなく、
それでこそ水鏡が此の世の涯といふ証左にもなり得るのだ。

見とれるほどの美しき太虚は、水鏡に忠実に映され
おれは尚も水鏡を凝視するのであるが、
それが仮象であっても
おれは一向に構はぬと思ってゐる。

やがてくる死を前にして
この水鏡の美しき太虚の姿を抱くだけで
おれは本望を遂げるのだ。
其の仮象を抱けただけでも幸せといふもの。

再び、一陣の風が吹いて水鏡には漣が立つ。
此の世を波が輻輳する場であるとするならば、
水鏡こそがそれに相応しく、
幾つもの波が重ね合はせられて、
不思議な文様が其処に浮かび、
Topologyの相転移が正しく起きてゐるのが水鏡の水面なのだ。
それを美と言はずして何を美と言ふのか。
秩序と渾沌の境を見せる水鏡の水面では、
それでも太虚が厳然と映ってゐるのだ。
揺らぐ此の世は正しく水面の世界に等しきもので、
水鏡に魅せられぬ存在があるものなのだらうか。


潰滅するものたち

自らを自ら生み出せぬままに潰滅するものたちは、
己にのめり込むやうにして自らが自らの内部へと向ひ、
さうして最期は、無限小の中へと潰滅するのか。

潰滅するものたちは、
多分、外部と言ふ概念を知らぬままに、
内部へと進軍するのであるが、
それはまた、内部と言ふ概念も持たぬに違ひない。
ただ、闇雲に突き進んで、
ドストエフスキイが『悪霊』のモチーフとした豚が悪霊に取り憑かれて湖へと突き進み飛び込む聖書の一節ではないけれど、
何かに魂を捕まれたかの如くに内部へと突き進むことに取り憑かれて、
己をマトリョーシカの人形のやうに、
内部へと内部へと小さくなりながら推し進める推進力のみを授けられ、
それが赴くままに、内部へと掘り進めて行くに違ひないのだ。

さうして、内部が腐った古木のやうにして、
ある時それはポキリと折れて斃れるのだ。

それと言ふのも、内部に滞留するばかりの潰滅するものたちは
やがて腐敗を始めてもそれに気付かずに
唯、取り憑かれたかの如くに内部へと押し合ひし合ひしながら、
仕舞ひには蒸発するやうに此の世から消えてなくなるのを常としてゐる。
さうして始めて潰滅するものたちは吾を探し求め始めるのだ。
その様が膣と男根とのピストン運動で放精され子宮にある一つの卵子目掛けて吾先にと争ふ精虫どもにそっくりなのさ。

吾、此の世にありて、さうして見出せしものなのか。

さうして、たった一つの精虫が受精に成功するやうに、
潰滅するものたちの死屍累累とした死体の山は、堆く積まれ、
その中の一つの潰滅するもののみ、外部へと生み出される筈なのだ。
さうして、潰滅したものは甦り、形相を授けられるのだ。

――ならば、質料も勿論ひっ付いてゐるのだな。
――勿論。だが、質料は最低10年と言ふ歳月がかかるやうに出来てゐる。
――何故に?
――世界認識をするためさ。
――世界認識?
――さう、世界認識するために世界を味はふには時間が必要なのさ。
――それで、世界は解った奴がゐるのかい?
――いいや。
――飛んだお笑ひ種だな。
――だが、世界が終焉する時を何ものかが凝視する筈だ。それに期待をかけてものは子を産み、世代を繋げて行くのさ。


ゆっくりと

むくりと頭を擡げたと思ったならば、
そのものはゆっくりと此方に向かってきたのです。
それはなんと言えばいいのでせうか、
私を引っ掴まへて食べたがってゐるやうに思へたのです。
これはいかんと、私は逃げやうとしたのかもしれないのですが、
時は既に遅きに失してゐて、
私は既にそのものに掴まってしまってゐたのです。
なんと頓馬なのでせうか。
そのものはゆっくりと私に近付いてきたのですが、
私は逃げるどころか気が付けばそのものの方へと駆け出してゐたのです。
私は「喰はれる」といふことを身を以て知りたかったのかも知れません。
何時も喰ってばかりゐた私は、
その事に負ひ目を感じてゐたのでせう、
喰はれるものの哀しみや悦楽をこの身を以て味はひたかっただけに過ぎないのかも知れません。
確かに喰はれることにも哀しみばかりではなく、
大いに愉悦の状態にまで高まる止めどない感情が急激に湧いてきて、
恍惚の態で私はそのものに喰はれたのです。
それはそれは天にも昇る愉悦の状態だったのです。
一瞬にして私は、知ってしまったのです。
喰われること、つまり死するといふ事は抑へられぬ愉悦の状態に包まれながら、
死んで行くといふ事を。
一噛みで首を噛み切られた私は、
一瞬の恐怖を感じたのかも知れませんが、
後は光芒の国へと逃亡を始めたのでせうか。
抑へきれぬ恍惚の感情が私を呑み込み、
私はそのものに喰はれる間、
薄れ行く意識を抱いてその恍惚の思ひの中で死んでいったのです。
それは私には嬉しかったのです。

その私はと言ふと、
私はニンゲンと呼ばれるものの眷属なのです。
これまで数数の悪事を働いてきた眷属の一人で、
何をも喰らってしまふ雑食性の生き物だったのです。
そんな私が喰はれることは体よく言へば自己犠牲と思はれるかもしれませんが、
全くそんなにことはなく、
単なる自分の興味本位の行為だったのでせう。
毎日喰ふことに負ひ目を感じてゐた私は、
作品名:乖離する吾 作家名:積 緋露雪