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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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乖離する吾

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世界との隔絶を思ひ知らされるのだ。
嗚呼、何たる不幸。

やがて全てを理解したおれは、
苦笑ひをその無表情な顔に浮かべつつ、
おれのちっぽけさに、サマーセット・モームとは別物のものとして
意識せざるを得ぬのだ。





重い足取りでも

ぐしゃりと空に押し潰されるやうにぶっ倒れ、
意識はしつこい睡魔に呑み込まれ、
それでも立たうと気力を振り絞り、
重い足取りで一歩一歩と前へと進もうとするが、
最後は案山子の如くに大地に脚を差し込んでも立ち上がるその姿勢のみ、
おれはおれに対して許せる傲慢な存在なのだ。

追ひ込まれれば追ひ込まれるほどに
執拗にそれに抗ふ馬鹿なことをするおれは、
もう逃げ道がないところでも、
まだだ、と無駄な足掻きに一縷の望みを託しつつも、
それが儚い事とは知ってゐるおれは、
当然ぶっ倒れて卒倒する事になるのだが、
それでも藁をも掴む思ひのみで、
前のめりにぶっ倒れるのを本望としてゐる。

それが何の足しになるのかなどとは全く以て知らぬ存ぜぬが
さうせずには、おれがおれであることが恥辱であり、屈辱なのだ。

――だが、さうせずともお前は既に恥辱に堪へられぬではないか、けっ。

屈辱であればこそ

吾が心の奥底に巣くってゐる屈辱と言ふ感情は、
然し乍ら、おれをおれたらしめてゐる情動へと変化し果ててゐて、
屈辱を砂糖黍を囓るやうにしてそれに対して甘い蜜の味を知ってしまったおれは、
最早、己に対する屈辱なくして生きる術を知らぬ生き物へと変態してしまってゐるのでした。

これはどうも皮肉なことにとても居心地がいいもので、
屈辱は既に屈辱といふ汚名を返上してゐるのです。
だからといって、常におれが存在する時に疼く心の痛みはちっとも減らぬのですが、
それも愛嬌と自虐的に納得してゐるおれは、
甘い汁を搾り出すためにおれはおれをぶん殴るのです。

この屈辱感からのみおれの内部から止めどもなく湧いて来る蜜の味は、
蟻があぶら虫から譲り受ける甘い汁にも似て、
おれの生きる糧になって、もうかなりの時間が経ってしまったのでありました。

時に「白痴」と罵られる快感に酔ひ痴れる屈辱の時間こそ、
おれが望む最高の享楽の時間に変はり果ててゐて、
その馬鹿さ加減は言ふに尽くせず、
とはいへ、白痴のみが生きることを許されるのが
此の世の道理と半ば諦めにも似た感慨に逃げ道を見つけましたおれは、
屈辱なくしては一時も生き延びられぬ生き物へと
とっくの昔にしてしまってゐるのです。

かうして開き直ったおれは、最早怖い物なしの状態なのかも知れぬのですが、
しかし、屈辱を屈辱として感じる時間を持たずば、
窒息するかもしれぬおれは、
ラヴェルの「ボレロ」を聴き乍ら、
渦巻く情動の高鳴りに大いなる屈辱を呼び起こされるのでした。

何を偉さうにとはいへ、ラヴェルの才能に嫉妬するおれは、
情動が渦巻く言説を少しでも書き綴る事が出来たのかと自問するのですが、
おれは今以てラヴェルに匹敵する情動が渦巻く渾沌の世界を
表現出来た例しがないのは確かで、
また、能楽のやうな幽玄なる世界の表現も遠い夢のまた夢に過ぎぬのです。
しかし、夢語りを極度に嫌ふおれは、
現代では既に夢に思想を託す神通力はないと看做してゐますので、
夢を材料に物語られる話こそ反吐が出る代物でしかないのでした。

つまり、夢では簡単に短絡が起きてゐて、
世界が整理整頓されたとても秩序だった世界に成り変はっているから嫌ふのです。
夢では何事も肯定されると言ふのは、つまり、夢が既に世界の一解釈の結晶で、
それを物語られてもこちらとしては面食らふだけで、
その完結してしまっている夢世界におれが入り込める隙などないのです。

真黒き悪夢がありまして、
それを叩き壊すおれがゐるのでした。
さうせずには此の世を語る言葉など見つかる筈もなく
世界に対して失礼極まりないのでした。

真黒き悪夢がありまして、
それを叩き壊すおれがゐるのでした。

さうして叩き壊した悪夢には、
無秩序が蔓延って
渾沌が生れるのでした。

それ見たことかとがいふのを耳にし乍ら、
おれは夢を破壊することにある種の快楽を見出すのでした。

然し乍ら夢破壊は自然に反することで、
記憶は夢世界のやうに全的に肯定され得る堅牢な秩序の中にありまして、
それ以外に正気が保てる術はないのでありました。
それは夢が現実世界より簡略された秩序世界であって、
現存在の五蘊場は簡略化、然もなくば抽象化された世界認識しか入れる度量がなく、
渾沌は忌み嫌うべきものに成り下がってゐるのでありました。

真黒き悪夢がありまして、
それを叩き壊すおれがゐるのでした。

さうして叩き壊した悪夢には、
無秩序が蔓延って
渾沌が生れるのでした。








思念の行方

の底のヘドロから鬱勃と湧き上がるメタンガスの気泡が水面でぽっぽっと破裂する音のやうに
思念は私といふ名のヘドロから鬱勃と湧くメタンガスの気泡であって、
思念は五蘊場で幽かな音を発しながら、
然もなくば幽かな光を発しながら私を呑み込むものなのです。

もしも思念が私を呑み込んでゐないと言へる現存在がゐるとするならば、
それはその現存在が己を知らぬばかりか、己が白痴といふ事を認めてゐる証左でしかないのです。
それといふのも、思念は無辺際に膨脹するもので、
それを成し遂げてゐない現存在は、まだまだ未熟で私を知らぬ赤子にも劣る馬鹿なほどの存在なのです。
それをは「無垢」と呼ぶのかも知れませんが、
此の世界は無垢であることを存在に許さないのが道理で、
無垢なことはそれたけで悪なのです。

それならば赤子はそもそも無垢ではないかと言ふ半畳が聞こえてきますが、
そんなことはないのであります。
赤子とて此の世界に存在する以上、無垢である筈はなく、
生き延びる戦略として赤子は大人よりも相対的に無垢なだけであって、
赤子の無垢な事は、それはそれは余りにも知略戦略を凝らしたもので
羊水の中に漂ふ悦楽を知ってゐる赤子が無垢な筈がないのであります。
その証左に赤子は泣いて生れてくるではありませんか。
それは羊水での居心地の良さを知り尽くしてゐる赤子だからの事なのであります。
此の世界に生まれ出た赤子は羊水の中よりも此の世界が良いところならば何も泣く必要はないではありませんか。
また、泣くのは肺呼吸を始めたからと言ふのは理屈に合ひません。
肺魚が肺呼吸をするときに泣かないのと同じやうに赤子が此の世に生まれ落ちたその時に肺呼吸をするからといって泣く必要は全くないのであります。
或ひは此の世に生まれ落ちてしまったことに吃驚してしまったとも言へるのですが、
さうなのです。
此の世は吃驚するような魑魅魍魎が跋扈する邪に満ちた世界なのであります。
その魑魅魍魎が跋扈する此の世だからこそ現存在は思念を宇宙の涯まで、
否、宇宙の涯を超えてまで膨脹せずば一時も生き延びられないのであります。
世界に対峙するといふ事はさういふ事なのであって、
邪に満ちた世界に佇立する現存在は、
昼夜を問はず太虚を見上げては、若しくは虚空を見上げては
思念を宇宙の涯へと飛翔させ、
作品名:乖離する吾 作家名:積 緋露雪