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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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乖離する吾

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それに反旗を翻しておれの心は何処かへと姿を消してしまったのだ。

ゲリラ戦でもおれに対して挑むのだらう。
それに対しておれは無防備で、また、戦う気力が最早ないのだ。

この闘いは既に勝敗が決してゐるのであるが、
行方知らずのおれの心は、
おれが殲滅されるまでゲリラ戦を挑んでくるのだらう。

そんなおれは既に白旗を揚げたてはゐるのであるが、
そんな偽装に騙される筈もないおれの心は、
おれが徹底的に痛めつけられ嬲られて初めておれの元に返ってくるに違ひない。
それまではおれはこの心無しと言ふ平安をゆっくりと楽しもう。










薄明の中で

夜と朝のの薄明の中、
死んでしまったレナード・コーエンの歌を聴きながら、
世迷ひ言のやうに腹の底から奇声を上げ、
それでお前は満足かね、といふ問ひに薄笑ひを浮かべつつ、
おれは、この軟体動物にも為れぬおれを断罪するのだ。

何をしておれはおれを断罪するのかと言へば、
それは、おれが既に存在してゐる罪悪感からに過ぎぬのであるが、
しかし、この罪悪感は底無しで、
おれをその穴凹に突き落とすのだ。

低音が心地よく響くレナード・コーエンの歌声が導くやうに
おれは底へ底へと引き摺られながら、
おれが大好きな蟻地獄の巣に陥ったかのやうに
この穴凹の主に喰はれるおれを想像しては、
底知れぬ歓びに打ち震へる。
おれは、おれの存在の抹消を或ひはってゐるのかも知れぬが、
だからと言って死に急いでゐる訳でもなく、
何時かは必ず訪れるその死を楽しみに待ちながら、
おれは、矛盾してゐるとは言へ、
生を楽しんでゐるのだ。

へっ、この穴凹を嘗てはNihilismと言ったが、
おれは今以てこのNihilismの穴凹から這ひ出る術を知らぬのだ。
頭のいい奴は既にNihilismを超克し、
新=人として此の世に屹立してゐるのであらうが、
おれは白痴故にこの穴凹から出られずに、
羽根をもぎ取られた蜻蛉の如く
此処から飛び立つことは出来ぬのだ。

ゆらりと薄絹の蔽ひが揺れた。
美は薄雲とともに蒼穹に消え、
醜悪のみが此の世に残されたのか。

きいっ、といふ鳥の鳴き声。
薄明の中、空には真白き小鷺の群れが飛んでゐる。

揺らめく薄絹の向かうに
死者の顔が浮かんでゐる。

女は真っ裸でおれが抱きつくのを待ってゐるが、
穴凹の中、
色恋に溺れる度胸はない。

直に日の出を迎へるこの薄明の中、
おれは白痴なおれを嗤ふに違ひなく、
おれの吐く息で薄絹は揺らめき、
おれが世界から断絶してゐる事を思ひ知らせるのだ。

ならばと酒に溺れて羽化登仙し、
一時このNihilismの穴凹から抜け出した夢を見る。

軽さは存在するには絶対必要条件。
重力に捕まっちまったおれは
天を蔽ふ薄絹を掴まうと
手を伸ばすが、
その無様なことと言ったら
醜悪以外の何ものでも無い筈だ。

薄絹が流れはためく。

そして、天道様は微睡みを齎すべく今日も昇る






正座

己の意識に対峙するときは正座するべきだ。
脚の痺れを感じつつも正座することで脳天は冴え渡り、
おれの脳と言ふ構造をした頭蓋内の漆黒の闇たる五蘊場で意識は覚醒するのだ。

これは対人の場合も同様で、正座することは最低の儀礼なのだ。
儀礼は最低の礼儀としておれの存在を担保してくれる。
これは意外と大切なことで、存在を担保されないといふ事は
忸怩たる思ひに駆られるもので、
また、不安に駆られて猜疑心ばかりが増殖するのだ。

さうして正座し対峙する己の意識、または、対人において、
おれはやうやく腹を据ゑてその場に存在してゐる感覚を味はへる白痴もので、
だからこそ、おれにとって正座は丸腰ながらも最高度の攻撃態勢で、
ぎんぎんと輝いてゐるだらう眼窩の目玉をぎろりと動かしては、
おれは内部、または、相手を睨み付ける。
これは既におれの癖となってゐて、
これに対して、おれの内部、または、相手は何時も驚きの表情をその相貌に浮かべ、
相手もまた、おれをぎろりと睨み付ける。
さうして険悪な雰囲気にたちまちその場は変容して行き、
さうなってこそおれも相手も己の本音をぶつけ合へる関係になり、
独りでに己の存在を意識せざるを得ぬのだ。
それが本当の対座といふもので、
これを一歩も譲ってはならぬのだ。
此処で、足を崩して相手に弱みを見せてしまふといふことは、
おれの敗北でしかないのだ。
高が、座るといふ事に勝敗を決める白痴ものなおれは、
さうせねば、全く存在を自覚出来ぬ不感症なのだ。







たゆたふ

揺れる世界の正弦波にたゆたふおれは、
一体何なのだらうか、
と言ふ、とっても古びた自問をおれに投げかけずにはをれぬ馬鹿らしさに
かうんざりはしてはゐるのであるが、
それでも投げ掛けずにはをれぬおれのさに苦笑しつつも、
それに真面目に答へようとしてゐるおれがゐるのもまた、確かなのだ。

月光が南天からその幽き蒼白き光を投げ掛ける時、
世界の揺れ具合は丁度最大を迎へ、
その大揺れにたゆたひつつも、
おれは、おれの位置を恬然と意識するのだ。

世界に流されてゐるに違ひないおれは、
世界にたゆたふと言ふこれ程の至福の時を知らぬが、
その心地よさと言ったならば、
世界とおれが丁度よく共振してゐるその至福感に優ものはないのだ。
それは「世界におれが溶ける」といふ比喩が正しく相応しいもので、
サマーセット・モームの何とももどかしいおれといふものの存在の定義づけとは別物で、
それは全宇宙的な出来事に等しいものに違ひないのだ。

さう、全宇宙的な出来事が将にこの身に起きてゐるのだ。
おれは世界にたゆたひながら世界と共振し、
さう、世界との合一感に身を委ね、
無限と言ふ此の世で最も不可思議なものに触れたやうな錯覚に陥り、
恍惚の状態で、彼の世へと片足を踏み入れてゐるのだ。
其のやうなTrance状態のおれは、
音楽に酔ひ痴れてゐるのとは訳が違ひ、
まず、意識が痺れ始めて、
己といふものに我慢がならず、其処かられ出る魂魄のやうに
球体と化したおれの意識は、おれから幽体離脱し、
おれを眺めながらも恍惚の態で彼の世に脚を踏み入れながら、
意識を失ひつつあるおれは、
それで善、とそのまま恍惚状態に全的に没入し、
正弦波で大揺れの世界と全くの差異がない同一感に歓喜を覚え、
世界の波の一部と化したおれのその溶解した様に形振り構はずに
かっかっ、と大笑ひを上げるのだ。

それはそれは得も言へぬ恍惚感であり、
其のTrance状態は、
宗教的でもあり、また、存在論的でもあるのだ。
当たりはに蒼白く更に輝きを増してゐる事にすら気付かずに
只管恍惚感に没入するおれは、
最早おれと言ふ位置を失ひ
世界の意識と化した如くに譫言を喚き散らし、
最早おれの手綱では制御不可能な状態におれは陥り、
正しく死へと一歩、二歩と脚を踏み入れてゐる違ひゐなかった。

其はそもそも夢なのか。
邯鄲の夢に等しきものなのか。

たゆたふ世界はしかし、永劫に続くことなく、
共振の正弦波は、再び渾沌の状態ヘと推移し、
無数の波へと分解するのだ。
そして、おれは、夢から醒めたやうにぐったりと汗びっしょりになりながら、
作品名:乖離する吾 作家名:積 緋露雪