乖離する吾
と懇願しては、
性器を更に濡らせて、
おれの性器の挿入を待ちわびるのだ。
これでは女が可哀相と思ったおれは、
再び男性器を女性器に挿入して、
今度は射精するつもりで腰を更に強烈に振りながら、
無我夢中で女の口におれの口を重ね合はせながら、
息絶え絶えの女の喘ぎ声に刺激され、
やうやっとおれは射精出来たのだ。
――あっあ~。
その時である。
あの夢魔が現はれたのは。
さうして、おれは煙草を銜へては夢魔をぶん殴ったのだ。
しかし、夢魔は尚も似たり顔でゐたが、
夢魔の内心は混乱を極めてゐた筈なのだ。
その証左に夢魔は無言でおれを怯えたやうにして見てゐたのであった。
――仮令、おれの世界認識が誤謬であらうと、おれはそんな世界の存在を肯定するぜ。
魔の手
奇妙な皺を刻んだ其の手は、
老人の手のやうであったが、
いきなりおれの胸ぐらを掴んではあらぬ方へと抛り投げた。
おれは、あっ、といふ声すら出せぬままに、
その魔の手が投げつけた場へと投げ捨てられ、
暫くは狼狽してゐた。
やうやく人心地がつくとゆっくりと辺りを見渡し、
此処は何処なのかと探りを入れるのであるが、
ちっとも見当が付かぬところなのであった。
だからといって、何か異形の者がゐるかと言ふとそんなことはなく、
唯、広大無辺な時空間ががらんと存在するのみで、
おれは独り広大無辺なるものに対して対峙する使命を課されたのであった。
それは途轍もなく寂しいもので、
誰もゐない時空間と言ふものは、
ぼんやりとしてゐるとそのまま時間のみがあっといふ間に過ぎゆくところで、
魔の手はおれを何のためにこんなところに抛り出したのか、
と思ひを馳せてはみるのであるが、
それを問ふたところで、何か意味あることになるのかと言ふと、
否、としか言いやうがないのであった。
そもそもおれが魔の手と呼んだその皺が深く刻まれた手は一体何者の手であったのだらうか。
――翁だよ。
といふ声が何処ともなく聞こえてきたのであるが、
その翁とは一体全体何ものなのか、
無知なるおれには解らぬのであった。
それでも、もしかすると能のシテの翁なのかとも思はないこともなかったのであったが、
それでは何故、能のシテの翁がおれをこの広大無辺にだだっ広いだけのがらんどうの時空間へと抛り投げたのか、
全く意味不明で、脈絡のない出来事なのであった。
とはいへ、現実はそもそも脈絡がないものが輻輳してゐて、
それを脳と言ふ構造をした頭蓋内の闇たる五蘊場が後付けで意味づけして記憶のより糸にして紡いでゆくのであったが、
それでは記憶が何時も正解かと言ふとそれもまた間違ひで、
記憶といふものは何時も間違ひを犯すものというのが相場なのである。
それでは魔の手は何者の手だったのか。
此処でおれは神と言ふ言葉を思ひ浮かべるのであるが、
殆ど神なんぞ信じてもゐないおれが、神などと言ふ言葉を思ひ浮かべる愚行に、
おれは自嘲混じりの哄笑を挙げるのであった。
――馬鹿が。
何処ぞのものがさうおれに怒鳴りつけると、
おれはびっくりとして首をひょこっと引っ込めて、
亀の如くに振る舞ふのであったが、
其の様が吾ながらあまりにもをかしかったので
おれは
――わっはっはっ。
と哄笑するのであった。
ならば魔の手は何者の手なのか。
それとも蜃気楼だったのか。
そんなことはもうどうでもよく、
おれはすっかりとこの広大無辺なるがらんどうの時空間に馴染んでしまってゐて、
独りであることがもう楽しくてしやうがない状態に高揚してゐたのであった。
何故高揚してゐたのたであらうか。
それは世界がおれにおれであることを強要しないその広大無辺なる時空間の在り方が、
おれを心地よくさせて、酔っ払った如くにおれを高揚させるのであった。
――嗚呼、世界は真はこのやうにあったのではないか。それを現存在の都合がいいやうに世界を改造して返って居心地が悪い世界へと変質させてゐるからではないのか。
――ちぇっ、下らねえ。
と魔の手の持ち主が欠伸をしながら言ひ放ったのであった。
欠伸をせしものは
ぼんやりとしてゐると
何ものかが
――ふぁっ。
と欠伸をしてゐるのにも気付かずに、
微風が頬を掠める仄かな感触にはっとする。
その感触は、といふと、実に気色が悪いもので
闇の中でそれとは知らずに頬に蒟蒻が触れる気味悪さにも似て
絶えずおれの触覚を刺激しては、
ぶるっと覚醒させるのだ。
気味が悪いといふことが生のダイナモとして機能してゐる健全さを
一時も忘れてはならぬのだ。
――そもそも吾と言ふ存在が気味の悪い存在ではないのかね。
さう問ふ欠伸をせしものは、
おれの存在をぞんざいに扱ひながら、
また、厄介者が来たとでも思ってゐるに違ひないが、
そのおれはといふと、ぶよぶよとした世界の触感が
堪へられぬのだ。
こんな気色が悪い世界の感触に堪へられる存在が果たしてあるのであらうか。
世界は鋭角で魂へ切り込むぴりぴりとしたものでなくてどうする。
ぶよぶよとした世界の感触に悩まされながら、
おれは其の絶えず揺れてゐるぶよぶよの世界の中で、
独り確実な存在としてあり得るのか。
何か、世界の胃袋の中にゐるやうなこの気色悪い感触は、
おれが世界の中で存在する限り、
遁れられぬものなのか。
いつかは世界に消化され、
世界の血肉へと変化するおれと言ふ存在は、
正直なところ、このぷよぷよしたものが本当の世界の感触なのかどうか解らぬのだ。
赤裸裸に
何ものも素面であると言ふ此の世界は、
何ものも赤裸裸にその存在を表出してゐるのといふのか。
それともお互ひに対して畏怖を以て赤裸裸なることを強要されてゐるのといふのか。
何ものも諸行無常の中にぶち込まれ、
赤裸裸であることでやうやっと正気を保ってゐる存在どもは、
赤裸裸なることに残虐性を見、
さうして此の世の道理に従属させられ、
赤裸裸なることを何ものも強要されてゐると憎悪をもって世界を認識してゐる。
をかしなことに存在は既に世界に蹂躙されてゐて、
尚更に存在は此の世界に対する憎悪を益して、
それはそのままに憤怒に変はり、
何時世界に対して復習するかと、
其の算段のみを生き甲斐として存続する存在を、
世界は増殖してしまってゐるに違ひないのだ。
世界は終ぞ内部崩壊を始め、
其処に存在する者どもは、
――わっはっはっ。
と、哄笑の大合唱を轟かせながら散華する。
さうして吾をも崩壊する地獄絵図に身を投ずる覚悟のみは既にできてゐるといふものだ。
どの道世界が崩壊すれば、存在どもは一時も存続できる筈もなく、
世界諸とも吾も入滅する故に道理は道理であるのであり、
それ故に、何ものも赤裸裸にあるのは、
此の世界に入滅する覚悟の程を見せるために、
素面でその存在を赤裸裸に曝すのだ。
さうまでせずば、存在する値打ちがないと看做すのが此の世の道理なのだ。
哀しい哉、存在は残虐な世界なくしては一時も存続できぬものなのだ。
残虐な道理。
これこそ、もしかしたならば、存在どもが手に入れたいもので、
それ故に存在どもは世界に嫉妬してゐるのだ。