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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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乖離する吾

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夢の母集合とは、つまり、死の総称なのかも知れぬのであり、
夢見とは死の引力に最も引かれるときなのかも知れず、
つまり、夢は未来へも自在に行き交ふと言ったが、
それはおれの来たるべき死の受容を行ってゐる儀礼に違ひないとも思へるのである。

――そら、ほれほれ、これがおれの死だよ。


封印

丸太ん棒や切り出した石材を見ただけで、
その中に例へば仏像や女体が見えるといふ仏師や彫刻家は
その姿形を素材から彫り出す事で既にその作品は完成してゐるのかも知れぬが、
それは裏を返せば姿形を木材に石材に封印する事でもある。
それと同じ事が頭蓋内の闇の脳と言ふ構造をした五蘊場に刻み込み封印する記憶と言ふものがあるが、
さて、五蘊場は既に其処に記憶を刻み彫り付ける事を予期して
既視感のものとして記憶は予め五蘊場に埋め込まれてゐるのだらうか。
つまり、現実に存在すると言ふ事は五蘊場に埋め込まれてゐたものを掘り起こすだけの作業に過ぎず、
先験的に世界は五蘊場に埋め込まれてゐて、
吾はそれを現実にぶち当たって一つ一つ彫り出す作業を記憶に関して行ってゐるだけなのかも知れぬと言ふこの感覚は、
此の世に石碑や彫刻が存在する事からして記憶もまたそのやうにあると思ってもいいのかも知れぬが、
後天的に脳に損傷を受けた場合、
最早五蘊場に埋め込まれてゐる記憶は掘り当てられずに、
埋まったままに眠りに就き、
それを掘り当てることは最早ないとも言へる。

当意即妙に現実に対応出来る現存在などの個体は、
思考実験やによって未来の準備をしてゐて
それが五蘊場には地層の如くに堆積してゐて
其処には化石の如くに掘り当てられる事を待ってゐる記憶が五万とある筈で、
否、化石ではなく、その五蘊場に堆積した地層の石礫一つ一つが記憶であり、
彫り当てられるのを今か今かと待ってゐるのだ。
しかし、脳に損傷を負ってしまった現存在は、
五蘊場の底が抜けて、砂時計の砂が落ちるやうにさらさらと未来の記憶が抜け落ちるのだ。

然し乍ら、五蘊場に未来の記憶も先験的に封印されてゐるとしたならば、
それはギリシャ悲劇の登場人物のやうなもので、
運命に翻弄される事が宿命付けられた人間の哀しみが溢れるばかりの存在に違ひなく、
五蘊場、丸太ん棒、石材などから彫り出される例えば女体は、
それは大いなる哀しみに包まれた存在に違ひない。
夏目漱石の『夢十夜』に出てくる運慶か快慶の物語は、
多分に間違ってゐるのだ。
素材を見て其処に仏像が埋まってゐてそれを彫り出すと言ふ行為は
運命論者の戯れ言に過ぎず、
例えば丸太ん棒に埋め込まれてゐると思った仏像は
時時刻刻と削り彫り出される毎にその姿形は変容させてゐて、
運慶、快慶の五蘊場の中で、大揺れに振動してゐて姿形は定まらぬままに
試行錯誤しながら仏像は彫られてゐた筈なのだ。
さうでなければ、この一寸先は闇の現実の様相に対して
一時も存在出来ぬのがこの如何ともし難きこの吾といふ存在なのだ。

嗚呼、封印された記憶の堆積よ、
其を開けるものは何ものぞ。
よもや吾などいふ冗談は已めてくれ。
其は世界だと、此の血塗られた血腥い世界だと言ってくれ。

春眠暁を覚えず

矢鱈に眠い一日が過ぎていったのです。
どうしても起きてゐることが困難で、
とはいへ、私は何にも疲れてはをらず、
只管に眠い一日だったのです。
無理矢理に起きたところで座ったままに寝てゐる次第で、
どうあっても何かが私を起きさせない力が働いてゐたやうなのです。
そして私は或る女性との他愛もない巫山戯けた夢を見、
さうして私は欲情を夢の中で発露したのです。
その女性は美しく喘いで私を有無も言わずに受け容れてくれたのです。
それが何かの象徴とは捉へる愚行はせずに、
私は女に飢ゑてゐるに過ぎぬとは思ひながらも、
その夢は唯唯楽しかったのです。


棄てられる

一瞥しただけであなたに私が棄てられるのは解りました。
あなたは遠回しに事の確信を何とか語らうとしてゐる苦労は認めますが、
そんな努力は虚しく響き、棄てられるのは私なのです。
歯牙にもかけぬ魅力がない私と言ふ存在に腹を立てたところで
最早手遅れで、これまでの私の歩みがその時に全否定されるその瞬間を唯、待つ心情は、
あなたには解るまい。
と言ひつつも、私を棄てるあなたは心に疚しさを感じてゐるやうで、
口から出る言葉は何ともまどろっこしいのです。
そもそも私にあなたにとって大切なものが欠落してゐて、
それをずばりと仰ればいいのです。
それで事は直ぐに済み、
後腐れもなく私は身を引きます。
しかし、遠回しに私を全否定して行くその言葉の端端には悪意すら感じられ、
あなたが口を濁すほどに私の屈辱は底知れず深くなり、
私の立つ瀬がないのです。
それはまるで外堀を埋められ、そして内堀を埋められしてゆく大坂城のやうな次第で、
いよいよ逃げ場がなくなる私は、最早ぐうの音も出ないのです。
あなたは内心では私を憐れんでゐるやうですが、
憐れんでゐるのは私の方で、
あなたは、実に可哀相な人だと物言はずに伐採される大木の如くに見えるのです。
最後は、さやうならとの一言で今生の別れを告げ、
お互ひに最早会ふことはなく、
過去にお互ひ埋没し、記憶の中でのみの存在に成り下がり、
そして、私は面を上げて次の出会ひを求めて街を彷徨ふのです。

異物を吐き出すやうに

そいつは異物を吐き出すかのやうに
おれをあしらった。
その手捌きは慣れたもので、
おれは路傍の石と同等に
恰もなき如くに、
否、あるにもかかはらず見出さうとしなければ、
決して見出されることがない運命の存在として
見事におれを扱ったのだ。
それは普遍的なる平等をしたまでに過ぎぬのであるが、
その扱ひに対して癪に障ったおれは、
平等主義者に成り得ぬおれの心の狭隘さに嘲弄の目を内部に向けつつも、
恰も異物としておれを扱ったそいつの遣り口の平等に纏ひ付く欺瞞に対して
憤懣やるかたなしといった思ひのままに、
「ぺっ」と唾棄してそいつと袂を分かったのだ。

それがお互ひの為であり、
不快な干渉を起こすことなく、
お互ひがこの世知辛い世の中を生き延びるには必須のことであり、
もうお互ひが葛藤する事なく存在するにはそれ相当の事なのであったのだ。
これからは、おれはそいつに邪魔されることなく存在出来る歓びにしみじみと耽りながら、
冷たい雨が降る中を傘も差さずにびしょ濡れになりながら、
とぼとぼと歩くことの楽しさの中に夢中なのであった。


異形

頭蓋内の闇の中に棲まふ異形のものたちに
何時喰はれるか解らぬままに、
冷や冷やしながら、
また、背中に嫌な汗を流しつつ、
おれはそれでも此の世に佇立しなければならぬ。

それは時空間を切り裂くやうにして
立たねばならぬ。
さうぢゃなきゃ、
おれは頭蓋内の異形のものたちに
たちどころに喰はれるのだ。
その恐怖たるや頭蓋内のChaosを知るものは誰もが経験してゐる筈で、
頭蓋内の闇の世界は現実とは位相を異にする世界であることは間違ひないとして、
だからといって、現実に先立つ頭蓋内の闇が特異なものとは決して思はぬが、
とは言へ、頭蓋内の闇は瞑目した瞼裡の闇と繋がり、
作品名:乖離する吾 作家名:積 緋露雪