小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

乖離する吾

INDEX|12ページ/19ページ|

次のページ前のページ
 

最後までじたばたしながら、。
忘却に対して最後の最後まで抵抗してみるが、
それは見るも無惨な有様で終はるのが常としてゐる。

忘却は、しかし、必要不可欠な能力でもあり、
忘却なくして、この複雑な世界に対しての情報の洪水に溺死するは間違ひないのだ。

何をして忘却と言ふのかは人それぞれだと思ふが、
忘却してゐることを自覚してゐるのはまだましなのかも知れぬ。
仮に忘却してゐることすら自覚できぬことになった場合、
それはそれで己にとっては幸せで、
唯、周りの人には迷惑に違ひない。

忘却と言ふ河がゆっくりと流れてゐて
その大河におれはぷかぷかと浮かんでゐるに過ぎぬのかも知れぬ。

忘却しようとも、
最後までおれと言ふことに対する違和を以てしておれの存在証明とせねば為らないのかも知れぬ。
さうしてなし崩しの忘却の中で、
おれは溺死することで本望を遂げるのか。


脱力してしまった

操り人形の糸が切れたやうに
ぶら~んと四肢が揺れるのみのその醜態にすら最早何ら反応する気力もなく、
只管に自己に潜り込むのみの脱力感は、
自己を叱咤する気力もなく、
唯、ぼんやりと虚空を眺め、
ずきずきと痛む頭痛に集中力を奪はれては、
唯、哀しさのみが湧いてくるものだ。

率直に言はう。
おれは敗北したのです。
それは世界でもあり、己でもあり、他者でもあり、神でもあり、
唯、おれは敗北し、哀しいのです。
この部屋は只管に寒く、
暖房器具はなく、その代はり厚着をし、手袋をしても手はんで
げんなりするばかりなのですが、
元気づけにもう三十年前にもなる小林麻美のCDよりも断然音が良いLP盤のアルバム「grey」をかけては
その中で歌われている女の遊び心にくすりとするのかと思いきや
振られた女の顔が次次と浮かび、
また、当時のおれの思ひ出に耽り、
更にげんなりするのです。

憂鬱はおれの宿痾の一つなのであったが、
このときばかりはその宿痾に囚はれて身動きがとれなくなってしまってゐたのであった。
脱力感に囚はれたならば、
只管にそれが去るのを待つしか最早手立てがないことは嫌と言ふほどに知ってゐるのであたが、
何時も抵抗を試みては玉砕するのを繰り返してゐたのである。
さうして、おれは更に脱力感に苛まれ、
頭痛は更に激しさを増し、
ぼんやり見上げる虚空には過去の思ひ出が走馬燈の如く駆け巡り、
部屋の中では小林麻美の結婚直前の艶やかなる歌声が響き、
そして、独り自己に沈潜しちまった哀しいおれがゐるのであった。

ほろほろと頬を流れ落つる涙に私は尚更に哀しくなり、
寒寒とした部屋の中でおろおろと泣くばかりなのでありました。


深淵を見下ろす


ゆっくりと渦巻くその中心には
底が見えぬ深淵が形成されてゐて
何故か私はそれを見下ろせるのです。
まるでそれはヰリアム・ブレイクの詩篇のやうな幻視の世界に呑み込まれたやうな世界だったのです。
ブレイクがabyssと呼んだであらう其処には苦悶するネブカドネザル王のやうな存在で犇めき合ひ、
存在の呻き声ばかりが腹の底に響き渡るのです。

その深淵は、しかし、私のみを呑み込まず、
それ以外のものならば何でも呑み込むやうなのでした。
私はそのabyssを覗き込みながら、
何故に苦悶する存在ばかりが其処に犇めき合ってゐなければならぬのか不思議なのでありました。
何故なら苦悶は私も同様にしてゐて、私こそはabyssに存在するべきものだった筈なのです。
それが私はそのabyssから疎外され、
独りabyssを見下ろしてゐなければならぬ存在であることに大層不満だったのです。
これは、しかし、私が傲慢だったのでせう。
私の苦悶は、abyssに犇めき合ふ存在に比べれば全く取るに足りぬもので、
どうでも良かったのかも知れません。
しかしながら、私の苦悶は、私の存在に大きく関はるものに違ひなく、
決してabyssに犇めく存在に引けを取らぬものと思はれたのですが、
まだまだ私は未熟もので、abyssに下れぬ存在なのかも知れないのです。
それはある意味で哀しいもので、
天地逆転した考へ方なのですが、
私こそabyssの住人でなければならぬといふ焦燥に駆られるのでありました。

つまり、私の思索はまだまだabyssに犇めくものたちに比べれば浅薄でしかなく、
私の存在の位置がまだ、その渦巻く深淵には足一歩たりとも入れぬものでしかなく、
つまりは、私なんぞは虱にすらも匹敵すら出来ぬ存在と言うことなのです。
これにはを噛む思ひなのですが、
しかし、そのabyssは決して私を受け容れないのです。
このまま未来永劫当事者になれぬ私と言ふ存在は、
世界外でしか存在出来ぬ哀しい存在でしかないのです。
直截に言へば私なんぞが存在する事自体ががましいことだったのです。
哀しいです。
とても哀しいです。

ハラハラと頬を流れる涙は、
その深淵へと零れ落ち、
abyssは大雨となり大水が出て、其処で犇めき合ってゐた苦悶する存在は悉く水没するのです。
それで溺死するもので死屍累累となり、abyssは阿鼻叫喚の世界へと一変してしまったのです。
何て事でせう。
私の涙が死に死を呼ぶとは。
呻き声は更に大きくなり、
何だか其処は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』の世界へと変貌したのか、
私に助けを求めてゐるのです。
これではいけないと私は左腕をそのabyssに投じたのですが、
Abyssに生き残ったものたちは私の手へと我先にと先を争ふのですが、
哀しい哉、私は非力で羸弱なため、たった独りの存在しか引き上げられないのです。
其処で引き上げようとしたのですが、吾も吾もと独り引き上げようとしたものの身体にしがみ付くものが続出したのです。
それでは私は引き上げられません。
しかし、よくよくabyssをみてみると唯、独り水没しながらも思索に耽り、
私の手などに目もくれぬ存在がゐたのです。
私は右腕をさっとそのものへと伸ばして引っ捕まへては、瞬時に引き上げ、
さうして、私は私の左腕を斧で切り落としたのです。
痛みで私は更に泣きくれて、
また、切り口から噴き出す血もそれに混じって
Abyssは血の雨の大水で地獄の様相を呈したのです。

私はたった独りの思索に耽るもの以外を選別してしまったのです。
何て傲慢な事でせう。
私は血が噴き出す左腕の血を止めるために切り口のところを紐できゅっと縛り付け、
然し乍ら、痛みで涙は止まらなかったのです。
さうしてabyssは更なる大雨が降り、abyssのものたちは全て水没して死んでしまったのです。
すると深淵の渦は急速に回転速度を上げて、しゅっと何処へか消えてしまったのです。
かうして私は無数の死を背負った存在となり、
一方で私が引き上げた思索者は、終ぞ私には目もくれず、只管自身に耽り続けるのでした。

何となく

低気圧が来ると途端に体調を崩す身にすれば、
雪景色は哀しいのでした。
何となく哀しいのです。
しんしんと降り積もる雪が辛いのです。
止めどなく溢るるのは憂鬱な気分で何となく哀しいのです。

生きるのは苦しくて
私は雪景色を恨むのです。
ここが人間の浅薄なところで、
恨んだところで、何にも解決しませんが、
作品名:乖離する吾 作家名:積 緋露雪