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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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乖離する吾

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おれの胸奥ががらんどうなためにそれは何時もカランコロンと転がってゐて、
おれの胸を締め付ける。
さうしておれは己を奮ひ立たせてはチクチクとする胸奥のざわつきに舌打ちしながら、
「へっへっへっ」と嗤ってそのざわつきを遣り過ごすのだ。
その時の後ろめたさと言ったなら、
噴飯物で、おれは瞋恚で顔を真っ赤にするしかないのだ。

さうする内にがらんどうの胸奥はがらんどうの頭蓋内といふ表象、
つまり、晒し首の頭蓋内の表象と結びつき、
何となく中有を思っては、
成仏出来ずにこの地上を彷徨ってゐる亡霊共に呼応するやうに
己に対する呪怨に対して目が眩むおれは
己をぶん殴る勢ひで胸奥に棲み着いてゐるそれに対して
――もっとおれを突っつけ。
と、嘯くのだ。

それがおれの胸奥に棲み着いた海胆の如き棘だらけのそれに対する
唯一の抵抗の姿勢なのだ。


曙光

光の国への誘惑は
死を意味するのか。
地平線からの曙光は
冷たい輝きをしてゐた。

年が明けるといふことに対して反射的に
一休宗純が正月に
――ご用心、ご用心。
といって街を練り歩いた髑髏を思ひ浮かべるおれは
死への直行がめでたきこととして刷り込まれてゐるのだ。
さうでないと平衡がとれない思考の持ち主として
既に偏執した存在様態をしたおれは、
それだけで危ふい。

曙光に死の匂ひしか嗅ぎ取れぬおれは、
やはり、間違ってゐるに違ひない。
が、しかし、それでいいとも思ってゐるのだ。
きらりと眩い曙光を浴びながら、
死を思ふおれは、
その寒寒とした曙光にれる。

ざくりと霜柱を踏みしめながら、
それを次第に溶かして行く筈の曙光は、
しかし、おれの心は凍てつかせるのだ。

この寒寒とした光の中で、
おれは死へと止まらない歩を進めるのみ。

美しい女性の顔が去来しては
ひっひっひっ、とおれを嘲笑ふ。

ならばとおれはその美しい女性と熱い口吻をする。

そこにはさて、愛は転がってゐただらうか。


破綻してゐる夢神話

もういいぢゃないか。
夢に何かを背負はせるとはこの時代、酷といふ外ないではないか。
例へば夢の中で何か現実世界で解決できなかったものが
夢の中ではすらすらと解決できた数理論的問題があったとしても、
それは夢に纏はる神話などではなく、
既に解決の糸口を意識の周縁では見通せてゐたのが
たまたま夢の中で具現化しただけで、
恰も夢がそれを解決したなんて思ふ時代は疾に去ってゐるのだ。

誰もが夢に対して期待してしまっちまったから、
夢は不本意ながらも膨脹せずにはをれず、
到頭破裂しちまった。
その夢の残滓に夢を託しても最早夢はお手上げなのさ。
それが何時まで経っても解らぬ現存在は
尚も夢に鞭打って夢を酷使してゐる事に全く気付かず、
夢の神通力を未だに信ずるといふフロイトの悪しき因習が生き残っちまった。
フロイトは罪作りで、
夢解析などと言ふ子供騙しを
つまり、恰も夢が現存在の意識と無意識に深く関与してゐるなどと言ふ事を
訳知り顔で言ってのけたために、
誰もがそれを真に受けて夢には神通力があるなどと言ふ夢神話を
荘厳に作り上げてしまったが、
そもそも無意識なんぞはありもしない嘘っぱちで、
あるのは意識のみなのだ。
無意識と呼んでゐるものは、
思索の逃げ道でしかない。

思索に沈潜したならば、
鬱勃と内奥で湧いてくる言の葉を拾ひ集める地道な作業をする事でのみ、
苦悩を苦悩のままに遣り過ごす術を身に付けられるのであって、
言葉に為らずに無言のままに内奥に潜伏したままの言の葉をも
沸き立つのを待ち続ける忍耐が必要なのであって、
無言を無意識と取り違へる誤謬は
「フロイトの陥穽」に落っこちるのみで馬鹿を見るだけなのだ。

は決して無意識なんぞではなく、
それは存在する既知のもの、
つまり、時空間と同様の先験的なものなのであり、
フロイトが重要視した無意識は既に論理的に瓦解してゐるのだ。
おれは心理学も精神分析学もこれっぽっちも信じない。
何故って、それが嘘っぱちだからさ。


闇の中の影踏み

夕暮れの中で自分から食み出してしまふおれは
夕日で矢鱈に長く伸びる影のやうに
どうしようもなく食み出た自分を追って
影踏みをする如くに歩を長く踏み出すのですが、
自分から食み出た自分はおれが一歩踏み出すごとに一歩逃げ行き、
何時まで経っても捕まらないのです。

自分との鬼ごっこほど屈辱的なものはないと知ってゐるおれは、
何時までも自分との鬼ごっこをしてゐる訳にも行かず、
――もうこれまで。
と自分に何時もける自分に忸怩たる思ひと恥辱を感じながら、
おめおめと自分から逃げ出すのです。
――いっひっひっひっ。
と嘲笑ふ遠目にゐる自分をそのままにしておき、
おれは夕暮れの中で、
酒をかっ喰らひ自分の恥辱と敗北感を酔ふ事で有耶無耶にし、
沈む夕日に瞋恚しては吾ながらまたもや自分を見失ふ事で事足りるのを善とするのです。

すっかり泥酔したおれは宵闇の中で、
一つの勾玉模様の光の球を見つけては
――ほれ、おれの魂が飛んでゐる。
ときゃっきゃっとはしゃいでは、
既におれからは食み出た自分がおれかられ出てしまった事実に皮肉にも
――あっはっはっはっ。
と哄笑してみせては、
――それで善し。
と嘯いてみるのですが、
流石にそれでは胸が締め付けられるのか、
頬には涙が流れ落ちてゐるのです。
凍てつく冬の夜は底冷えして
おれは今南天を昇り行くシリウスの光輝に
――馬鹿野郎。
と罵っては、
憧れ出たおれの魂を喰らったかの如き錯覚に痛快至極と涙を流すのです。
それでも南天ではシリウスが高貴な光で輝くのです。
それには堪らずおれは
宵闇の中の月影もない中、
独りありもしない影踏みをまた始めるのです。
さうする事でおれから食み出た自分をまた、おれに呼び戻せるではないかとの一心で
無闇矢鱈にありもしないおれの影を踏み散らすのです。
西天では宵の明星が輝いてゐて、
くすくすとおれを嗤ってゐるやうなのです。

下弦の月が昇るまで、
おれは独りで闇の中、
ありもしない影踏みを続けるのでした。

忘却

確かにあったものが
無いことの薄ら寒さにぞっとしながらも
それを受け容れなければならぬ齢になったのかと
感慨に耽る余裕はこれっぽっちもなく、
忘却は、しかし、なし崩し的にやってきて、
根こそぎ、おれの記憶を奪ひ去って行くのだ。

それとも数多に散らばる記憶の断片に紛れ込んで、
それを探す術を見失ったために過ぎぬのか、
とはいへ、それもまた、おれのニューロンの道筋の一つが断絶しちまったことの証なのであるが、
何処かに紛れ込んだ記憶は、
もうおれの現前に現われないのか。

不意に忘却した記憶が現はれることもなくはないのであるが、
しかし、それはとっても僅少の出来事でしかなく、
一度忘却しちまったものは、
いくら頭蓋内を攪拌したところで
見つからないものは見つからないのだ。

識別力が減退したのだらう。
確かに今も記憶にある筈のものが
おれには見えぬのだ。
さうして記憶世界の中で道具存在としてあり得る筈のものが
記憶世界に溶解しちまったこの事実に愕然としながらも
おれはこの事実を黙して受け容れる外ないのか。
作品名:乖離する吾 作家名:積 緋露雪