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死刑囚の視点(③江藤麗)

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 衝立の向こうで大きくよろめいた孝之さんの身体を、咄嗟に三人の刑務官が支える。「中止しましょう」裁判長が告げ、後ろの控室から現れた刑務官に、検事の一人が衝立から顔を出して「担架を!早く!」と叫ぶ。傍聴席が、にわかにざわめき始める。
 私は被告人席のソファから立ち上がりかける。しかし、横についた女性刑務官の強い力によって私は引き戻される。40代くらいの女性刑務官は、私の目を見て動きを制する。私は再びソファに身体を深く沈めながら、口の中に、ひどく苦い味が広がっていくのを感じた。砂糖を入れ忘れ、酸味も飛んでしまった苦い、苦いレモンティのような味。

 女性裁判長に促されて、再び証言台に立つ。私は裁判の最後に、被告として発言の機会を与えられた。私は発言を始める前に、弁護人席の方を振り返る。私と目が合うと、牧野弁護士は大きく一度だけ頷いて見せる。私も、頷いた。
「私を死刑にしてください」
 傍聴席がどよめいた。横目にもう一度、牧野弁護士の方を見る。彼はふうと一つ息を吐き、うすい瞼を力なく閉じた。
「基準とか計画性とか、関係ありません。私は、この命をもって罪を償わなければなりません」
「どうして、そう思うんですか?」
 女性裁判長がマイクに顔を近づけ、まだ聞き分けのない女の子に問いかけるような声を出す。
「人を殺したんだから当然でしょう?裁判長さん」
 女性裁判長の表情が曇る。「もう少し、詳しく話してくれませんか?」裁判長の声が少しだけ低くなり、私は、この人にようやく一人の女性として認めてもらえたような気がした。
「裁判長さんは、本気で人を愛したことはありますか?」
「はい?」
「こたえてください」
 私は被せ気味に返す。女性裁判長の左手薬指には、指輪がハメられている。私は裁判中にそのことに気づいてから、この質問をしようとずっと考えていた。
「あります」
「本当ですか?」
 私はすかさず問い返す。
「本当に、本当ですか?」
 私に問い詰められると、それまで落ち着いていた女性裁判長の表情がだんだん険しくなってくる。
「私は、孝之さんを私の存在でいっぱいにしたいと思いました」
 私は頭上に、眩い照明の温もりを感じた。頬が、自然と緩んでいくのを感じた。
「私は、自分がもう孝之さんに愛されることは無いと気づいていました。だから、愛してもらえないなら、せめて憎まれたいと思いました」
 憎しみでもいい。孝之さんの中心に、私の存在があり続けられるのなら。憎しみでいい。

いや、憎しみの方がいい!

好きという感情は、時間が経てばきっと目減りしていくものだから。憎しみは、一度その人の心に打ちつけられたら、確固としてその中心にあり続けるから。
 憎んで、憎んで……その対象がある日ふっと消えた時、孝之さんはきっと、一抹の寂しさを感じるでしょう。また憎むためには、相手のことを想い続けなければならない。呪文のようにその名前を唱え、恨み続けなければならない。
「それに死刑にならなかったとして、刑務所に入れられたら私は一生外には出られないんでしょ?」
 私が死刑ではなく「無期懲役」の判決を受けたとして、刑務所から出られるのは三、四十年後になると牧野弁護士から教えられた。三、四十年という時間は「一生」ではないけれど、そのあいだ孝之さんと会えないなら、私にとってその時間は「一生」に等しかった。
「なら転生した方が早いです」
 女性裁判長の唇が薄く開いて、小さく「は?」と声を出したのが分かる。
「私は死んだら転生するんです!生まれ変わって、孝之さんのところに会いに行くんです」
「これは被告が好んで見ていたアニメの話です」
 弁護人席から、牧野がすくっと立ち上がる。
「彼女は、現実と空想世界の区別がついていないのです」
「あなたは黙っててよ」
「黙らない!」
 牧野弁護士はうっすら上気した顔で私を振り返る。
「麗さん。二人の命を身勝手な理由で手にかけたあなたの罪は、あまりに重い。それはあなた一人の命と、一瞬の苦しみで償えるようなものではない」
 傍聴席がざわめく。私が暴れるとでも思ったのだろう、いつの間に2人の女性刑務官が私の横にぴったりついている。しかし、私は、一人で興奮している牧野弁護士の表情を、ただ白けた目で見つめていた。
「生きて償うのです。生きて、あなたが犯した罪について考え、苦しみ続けなさい」



東京都T区N町一―一―二
T拘置所
江藤 麗 様

『拝啓 レイ様

初めまして。レイ様。このように呼ぶことをレイ様は不快に思うかもしれませんが、どうか許してください。私はニュースで初めて事件を知って、法廷でレイ様のお姿を拝見してから、すっかり心酔してしまったのです。
自分をハメようとする悪い大人たちに囲まれて、裁判長からついに死刑判決を下されても、顔色一つ変えなかったレイ様の気高く、お美しい姿が、今も私の目に焼き付いて離れないのです。
私は都内の女子高に通う高校二年生です。このたびは、レイ様にどうしても相談したいことがあって手紙を出しました。
私は今、クラスでイジメにあっています。そのリーダー格の子を、私はこの手で××してやりたいと思っています。
実際に、私は××とか××を持って学校に登校したこともあります。でも、いざ実行に移そうとすると尻込みしてしまうんです。
無視されたり、モノを隠されてすてられたり、笑いながら「おい、ブタ!」と罵られたり……相手の子が恨めしいはずなのに。そんな子なんか×××にして、×××にしてやりたいのに。頭の中では何度も何度も××しているのに……いざ、スカートのポケットに手を入れると、震えて動かなくなるんです。
そんな何もできない自分が情けなくて、時々×にたくもなります。そんな自分のことが、私は大嫌いなんです。

そんな時に、私の前に現れたのがレイ様でした。

レイ様。どうか、臆病な私の背中を押してくれませんでしょうか?大嫌いな子に教科書をすてられて、ひっぱたかれてもヘラヘラと笑っているような私に、勇気を。死をも恐れないレイ様の勇気を!

レイ様は死んでも、生まれ変わります。それは決してアニメの中だけの話じゃないことを、私だけは分かっています。私にとって、麗さまはキリストのような存在なのです。

レイ様。どうか、臆病な私に、勇気を。』

私は送られてきた手紙を閉じる。薄い便箋の端には、この手紙を検閲したことを示す朱色の「桜マーク」が押されていて、裏側には、コーヒーなのか何なのか分からないが、薄茶色のシミがついていた。私はそのシミに、先が丸くなった鉛筆を押し付けるようにして書きなぐる。

『拝啓 ○○ちゃん

 怖いなら、やめといたほうがイイヨー。
以上。』


 面会室のアクリル板の向こうで、お母さんが全身を震わせて泣いている。テーブルに突っ伏したお母さんの肩を、横からお父さんが抱きながら「さや子、もう時間がないから。な?」と言って慰めている。お父さんの頭のてっぺんは、私が逮捕される前よりもいっそう薄くなったように見える。
 記録係の女性刑務官が、ちらと私の方を見る。私はテーブルの下で拳を握りしめる。喉元までこみあげてきたものを再び胃の方へ、押し戻すように、私はくっと顎を引く。
「もう時間みたい」