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死刑囚の視点(③江藤麗)

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 私は部屋に一人きりで籠ると、大好きな男子キャラクターが出てくるアニメを眺めながら独り言ちてみる。液晶画面の中では、イケメンの男の子が、腕の中で傷つきぐったりとなったヒロインの女の子を抱きしめて泣いている。でも、「あんなオジサン」とか「イクジナシ」とか、孝之さんのことを考えている間は、大好きだったはずのアニメの内容が少しも頭に入って来なかった。液晶画面の中で泣き叫んでいる男の子は、読み方は私と同じ「礼」という名前で、このあとヒロインの女の子が生き返って二人は幸せに生きていく、そういうことを、私はもう何度も見たから知っている。
孝之さんの存在を遠ざけようとして、私はアニメの内容に意識を集中させようとする。でも、意識すればするほどに、私の頭の中には日中働いているお弁当屋さんの光景が勝手に流れ込んでくる。舞子さんが別居前と変わらない手際の良さで注文を取り、孝之さんが「炒め一丁!」とこたえフライパンを振るい、厨房の端っこでは、私が唐揚げとかコールスローとかをお弁当の容器に詰めている。そういう光景を思い返すたびに、私は、胸の奥から湯水のような熱い「何か」が溢れてくるのを感じて、すごく嫌な気持ちになった。

 結局、孝之さんのケガした右足は少し引きずるような感じが残ってしまった。再開後の配達は、舞子さんが代わりに担当するようになった。
 夜。舞子さんが配達へ向かい、孝之さんと二人で店番をしている時に、私は不意に、後ろから孝之さんに思い切り抱き着いた。孝之さんは「わっ」と声を上げ、驚いた拍子に太ももの辺りをレジの角に打ちつけてしまう。
「麗ちゃん、脅かさないでよ~」
 孝之さんはケガした方の足をさすりながら笑ったが、私は笑わなかった。
「どうしてですか?」
「なにが?」
 飛び出してしまったレジの戸を直している孝之さんの手首に、私は横からそっと触れる。
「どうして無視するんですか?」
 私は最近、孝之さんがなるべく私に声をかけないようにし、厨房で唐揚げとかおかずの品を受け渡す時も、なるべく視線を合わさないようにしていることに気付いていた。
「してないよ、そんなこと」
 そう言いながら孝之さんは、立て付けの悪いレジの戸を直すフリをしている。
「コワイんですか?」
 怖いんですか?私とそういう関係になるのが。その時、入口の扉が開いて、お客さんが店の中に入ってくる。扉の上につけられた鈴が、心地よい音を立てる。
「いらっしゃいませ!」
 孝之さんはお客さんの方へ視線を逸らせ、強張った表情に笑顔が戻る。私は何だか悔しくて、孝之さんとお客さんの間に割って入る。
「注文は何にしますか?」
 舞子さんが店を留守にしている時は、孝之さんがお客さんから注文を聞き、厨房に戻って調理もした。私は盛り付け専門だった。「海苔シャケ弁当と、味噌汁と……」レジは液晶画面に並んだお弁当の名前を舞子さんが選んで押す仕組みになっており、お弁当とは別に汁物や飲み物を選択するときは、画面を切り替えなければならない。「海苔シャケ弁当、味噌汁……」復唱しながら液晶画面の上を右往左往する私の指先に、お客さんの怪訝な視線が注がれる。
「豚汁は如何ですか?」
 厨房から戻ってきた孝之さんが「ちょうど出来上がったところなんですよ~」と言って、お客さんの注意を引き付けている間に、私はようやく見つけた「海苔シャケ弁当」と「味噌汁」のボタンを震える指先で押す。
「いらねえよ」
「かしこまりました。では、2点で720円になります」
 その時、入口の鈴が鳴って、舞子さんがバイクのヘルメットを外しながら入ってくる。
「あ、レジ代わるわね」
「ありがと」
 孝之さんは舞子さんにレジを任せると、自分は厨房に戻って調理の続きに取り掛かる。「千円から頂戴しますね」舞子さんがレジを使って清算している間、私はただ横でただ突っ立って見ていることしか出来なかった。お客さんは、相変わらず怪訝な表情で私を見つめている。後ろにある厨房からは、孝之さんが作り置きの汁物を温めなおす音が聞こえてくる。
私は悔しかった。


 推しの声優アイドルライブからの帰り道。「イツキくん、もうメッチャやばかったよね~、カッコよかったね~」隣でまだ興奮冷めやらぬ推し友達に、私はアイスティのストローを齧りながら、独り言のように呟いた。
「あのさ~私、今の職場辞めようと思うんだよね」
 私の言葉に、芽衣という推し友達は「えぇ!?」と、マスカラで強調した目をさらに大きくさせて振り返る。
「でも麗、今の職場には彼氏がいるんじゃないの?」
「違うっつーの」
 私が怒ると推し友の芽衣は「あ、まだ彼氏候補か!」と言って自分の頭をぺしぺしとやる。私は社会人になってからも唯一、付き合いがあるこの友達にだけは「職場にいる年上の人を好きになってしまった」ということを伝えていた。初めに「年上って、どれくらい?」と聞かれた時、私はとっさに「……5,6個くらい」とこたえた。まさか、自分より20数個も年上とは言えなかった。
「それで麗は、相手にちゃんと自分の気持ちを伝えたの?」
 私は首を振る。ホントは伝えたけど「困った笑顔でかわされた」なんて言いたくなかった。認めたくなかった。
「なんか、もう冷めたって言うかさ~」
「ホントに冷めちゃったの?」
 推し友の私を見つめる表情に力がこもり、胸に抱かれたアイドルファングッズのうちわのフサフサが音もなく揺れる。スクランブル交差点の青信号が点滅し始め、立ち止まると後ろから走ってきた人と肘がぶつかって私はよろける。
「その人って、麗が人生で初めて好きになった人なわけでしょう?」
「……うん」
「じゃあ、ちゃんと伝えなきゃだめだよ!」
 私はカチンときた。スクランブル交差点の向こうにある駅で、私と友達は反対方向の電車に乗るのでそこでお別れになる。押し友達は私を励ますように、てのひらを上からぎゅっと掴んでくる。さっき青信号が点滅した時、私は小走りで横断歩道を渡らなかったことを後悔した。
「麗は、自分の気持ちに嘘をついてるんだよ」
 友達の艶っぽい唇の動きを、私はぼうっと見つめている。長い横断歩道の向こうに見える赤信号は、なかなか青にならない。「ここで逃げたら、一生後悔するよ!」熱弁する友達の声に、信号待ちしている何人かが苦々しい表情でこちらを振り返る。この子のように私が可愛かったら、孝之さんは振り返ってくれただろうか?「初恋は重いんだよ!」どこかのアニメで聞いたセリフ。この子は見た目が綺麗だから常に彼氏がいて、2年前まで一緒に通っていた高校では、私と違ってこの子は「陽キャ」だった。クラスでは「陽キャ」グループに属しているのに、不登校気味で「陰キャ」だった私と今も付き合っているのは、周りから見れば変な感じがするかもしれない。
でも、私に言わせれば、この子の内心は『麗みたいな『陰キャ』と仲良くしてあげてる私、やさし~』とか『カワイイのにアニメオタクでもある私、やっぱカワイイー!』なんだろう。実際、そういうギャップに惹かれる男の子が多いことを、私はよく知っている。
 赤信号は、なかなか青にならない。
「麗はカワイイよ!自信もって!」