東京メサイア【初稿】
#17.十六夜の月
知事室(20:49)
ソファで目を覚ます江藤
ブランケットを跳ねのける江藤
マホガニーの机の引き出しからタバコとライターを取りだす江藤
夜風が街路樹を揺らす
都庁舎の玄関脇に立ちタバコをくゆらす江藤
薄い煙を吐くと一瞬眩しいライトが江藤の目を眩ませる
ライトが消えてバイクのエンジン音も停まる
長身の宮城がヘルメットを抱えて江藤に近づく
江藤 「ジョージ?」
目を慣らして呟く江藤
宮城 「知事さんがタバコなんか吸っていいんですか」
タバコをくゆらせる江藤
江藤 「誰も見てないからいいの」
宮城 「相変わらずだな、おさやは」
江藤 「おさやだなんて。そう呼ばれるの、久しぶり」
宮城からヘルメットを手渡される江藤
宮城 「乗れよ」
車が一台も通らない幹線道路を疾走するバイク
宮城の腰にしがみつき髪を風になびかせる江藤
宮城 「大変だったな、娘さんのこと」
江藤 「誰から聞いたの?」
宮城 「俺は顔が広い。大抵のことは俺の耳に入る」
対向車線から揺れる灯りに囲まれた背の高い一団が現れる
大道芸のグループ十数人が車道を行進している
スティルト(金属の竹馬)をつけ高さ3メートル高の巨人に扮した大道芸
嘴のある黒い鳥をモチーフにした衣裳をまとい先頭を闊歩している
揺れる灯りはランプを手にした女性たち
狐面を被った和装姿で鳥人らを囲んで歩く
速度を落とし大道芸人一団とすれ違う宮城のバイク
鳥人を見あげる江藤
江藤 「浅草大道芸・・・」
鳥人の嘴の遥か彼方に輝く十六夜の月
レインボーブリッジの上に輝く月
暗闇に沈んだ都内を見渡せるお台場のビューポイントに立つ宮城と江藤
江藤 「ジョージとニケツとか、いつ以来かしら」
宮城 「いつ、かな。ふたりとも十代の頃だから、もう・・・」
江藤 「あたしジョージに感謝を言わなければいけないのかしら」
宮城 「何?」
江藤 「選挙の時に裏でいろいろ」
宮城 「知らないな。何の話だ?」
江藤 「だったらいいんだけど」
宮城 「それより娘さん、大丈夫なのか」
江藤 「ほんとに、外出するなって言っても聞かないの」
宮城 「遊びたい年頃なんだよ」
江藤 「親に心配かけてばっかり。わがままで自分本位で」
宮城 「おさやも、すっかりお母さんだな」
江藤 「シングルマザーだけどね」
宮城 「憶えてるか。俺たちが初めて会ったときのこと」
江藤 「忘れるわけない。あたしが高校2年のとき」
宮城 「俺は一個上だった」
江藤 「あたしの唯一の友達にジョージがちょっかい出してきて」
宮城 「俺じゃない。そっちが先だ。おさやの女友達が俺のダチに惚れたんだ」
江藤 「そうだった。やめときなって言ったんだよね。聞きやしない。だから最初はついていった」
宮城 「めんどくさそうな女がついてきたなって。だから初めはダチも抑え気味だった」
江藤 「抑え気味。ぴったりな言葉ね。そのうち抑えが効かなくなって」
宮城 「おさやが来なくなってからな」
江藤 「襲われそうにそうになったって泣きついてきたの。バカよね。簡単に別れられると思うよな、って凄まれたとか。それであたしが仕方なく」
宮城 「で、提案してきたのが腕相撲勝負。最初は笑ったよ」
江藤 「あたしが勝ったら友達に二度と近づかないという条件で」
宮城 「俺は腕力では誰にも負けない自信があった。なのにさ」
江藤 「あたしも正直勝てると思ってなかった」
宮城 「2度だぜ。2度とも完敗だった。しばらく腕が使い物のならなかった」
宮城 「考えたらひどい出会い方よね」
遠くから花火があがる音がする
音のほうに視線を移す江藤と宮城
闇に沈んだビルに海の上に連続して花火が打ちあがる
都庁(20:50)
都庁舎のガラス越しにドーン、ドーンと打ち上げ音が響く
遠くで上がる花火をガラス越しに見つめるエミリとカズマ
小さく切ったスイカを手にしているエミリとカズマ
エミリの口の端にスイカ汁にまみれた種がついている
子どもの後ろで食べ終えたスイカの皿をさげる加恵
知事室(20:50)
細い焔が夜空を駆けあがる
暗い夜空に大輪の花が開く
江藤の目が開く
知事室のソファに横になっていることに気づく江藤
跳ね起きて周囲を見回す江藤
江藤 「八村」
知事室のドアが開いて入室する八村
八村 「お目覚めになられましたか」
江藤 「あたし・・・」
八村 「はい。きっとお疲れが出たのだと思います」
江藤 「真緒は? 真緒は大丈夫?」
八村 「ええ、真緒さんは医務室で休んでおられます」
江藤 「子どもたちは?」
八村 「お子様たちは仮眠室で」
江藤 「そう・・・」
八村 「あ、加恵さんがおそばについておられます」
安堵する間もなく立ちあがってドアへ急ぐ江藤
八村 「知事、どちらへ?」
江藤 「真緒んとこ」
医務室の扉を開ける江藤
真緒は点滴を受けている
真緒が眠るベッドの傍らに白衣を着た医師坂本が立っている
江藤 「坂本先生。来てくださったんですね(頭を下げる)」
坂本 「突然刑事さんが訪ねてこられたので、ちょっとびっくりしました。でも知事の娘さんの件と聞いてすぐに」
江藤 「すみません、こんな夜遅くに。で、真緒の容態は?」
坂本 「検査キットが限られているので、ちゃんとしたことは言えませんが」
坂本 「頭部損傷が見受けられないことから意識の混濁は、もしかしたら強いアルコールか、もしくはドラッグによるものかもしれません」
八村 「犯人が真緒さんにクスリを盛ったと言ってました」
坂本 「そうですか。いずれにしろ点滴である程度は正常値に戻ると思います」
江藤 「ありがとうございます」
坂本 「そのほかに疑われる骨折や大きな外傷はみられませんでした。点滴が終わる頃には意識が回復するでしょう。」
点滴の袋を見る坂本
坂本 「これが終われば、あともうひとつこちらの袋に切りかえます」
江藤 「ありがとうございます。あとはあたしが。八村、先生にお引き取りいただいて」
坂本 「いえ、私は・・・」
坂本を押しのけてベッド脇に取りつく江藤
ベッドサイドに椅子を置いて真緒を見つめる江藤
坂本 「では私は、明日真緒さんが精密検査を受けられるよう、いくつか病院をピックアップしておきます」
江藤 「ほんとに、この子は・・・」
医務室の照明が落とされる
LEDランタンにぼんやり浮かぶ真緒の寝顔と江藤
夜明け直前の薄明るい東京(5:45)
靖国通りを大きな嘴を持つ背の高い鳥人間が一列になって闊歩する
作品名:東京メサイア【初稿】 作家名:JAY-TA