東京メサイア【初稿】
#8.検問所
知事室(9:55)
説明を求める来庁者で混乱する都民課のフロア
知事室の椅子に沈みこむ江藤
入口扉を細く開けすり抜けるように入室する八村
八村 「都民課の電話が鳴りやみません」
八村 「やはり来られました」
江藤 「今度は誰?」
取り巻きの同僚議員を引き連れて知事室の前までやってくる荒木田議長
知事室の扉の前で待ち構える和田
荒木田「今すぐ知事に面会させないさい」
和田 「知事は事態の収拾で多忙を極めております」
荒木田「都議会を差し置いてあの会見は何なんだ? 今すぐ釈明と謝罪を求める」
和田 「緊急事態だったのです。ご理解ください、荒木田議長」
荒木田「緊急案件は毎度のことでしょう、和田さん。しかもこんな重大な案件・・・」
和田 「お怒りはごもっとも」
荒木田「直接知事と話をさせなさい。こんなことが許されると思っとるのか。知事、隠れてないで出ておいでなさい」
荒木田に文句を言うためドアに近づく江藤
ドアを背にして両手を大きく広げる八村
八村 「いまは議長にお会いにならないほうが・・・」
荒木田「(ドアから漏れる声)ホントに、行政の素人が」
ドスンガチャンと大きな音をともに知事室の扉が細く開く
ドアが全開しないよう外からドアに体重をかける和田
扉の隙間から怒りで紅潮した顔をだす江藤
江藤 「そうだよ、あたしは素人だよ。でもね、都民から選挙で選ばれたんだ。あんたが応援してた候補が落選したからって、いつまでの根に持ってんじゃないよ。器の小さい男だね」
荒木田「まともな話もできないんじゃ話にならん。私は都議会への報告が先だろうという話をしている。行政の手続きをあんたは知らないのか」
江藤 「知ってるよ、それくらい」
知事室の隅で倒れた調度類の下敷きになっている八村
傾いた眼鏡のまま慎重に調度類を元に戻す八村
江藤 「でもさ、今回は滝田そ・・・」
壁ぎわから慌てて江藤のスーツの裾を引っ張る八村
八村 「それは、言わないお約束」
荒木田「滝田総理?」
渋い顔のまま黙りこむ和田
荒木田「和田さん、これは首相案件なのか」
検問所(11:29)
多摩川にかかる橋の手前の公道上に神奈川県警と警視庁のパトカー数台が停車している
上り車線下り車線双方に三角コーンとトラバーが立てられ20人近い警察官らが道路を封鎖している
下り車線は検問所を先頭に車の行列が橋の中ほどまで伸びている
上り車線に立つ警察官に立ち入りを懇願する徒歩のカンタロー
カンタロー「通してください」
警官A「だめだ。きょうは帰りなさい」
カンタロー「行かなきゃいけないんです」
警官A「あんた都民じゃないんでしょ。とにかく23区内へは明日の昼まで立ち入れません」
カンタロー「そこをなんとか」
ふたりの大柄な警察官の間をすり抜けようとするが跳ね返されるカンタロー
カンタローは大きい黒いリュックを背負い直し溜息をつく
警視庁停車場(11:32)
十数台の大型バスが停車している
バスに制服警官や職員が分乗すると停車場から出立するバス
停車場で乗るバスに迷っている織場と招堤
牛島本部長がふたりに近寄ってくる
織場 「本部長、我々はどのバスに乗ればいいんですか」
本部長「織場くん、それなんだが」
本部長「もうひとつ仕事を頼まれてくれないかな」
織場 「え? 私に、ですか。構いませんが、緊急事態明けということですよね」
本部長「いや、いまからだ」
織場 「いまからって、まもなく23区内での警察業務は停止だと・・・」
本部長「そうだ、だから君たちには、私人として動いてもらいたい」
織場 「詩人? ポエムの?」
本部長「公人・私人の私人だ」
織場 「びっくりした」
招堤 「あの、君たち、って、僕もですか」
本部長「ああ、招堤くん、君もだ。織場警部とふたりで動いてもらいたい」
織場 「ということは、本部長、潜入捜査か何かですか」
本部長「いや、潜入捜査なら君たちに頼まない。業務の内容はここに書いてある」
薄い茶封筒を本部長から受け取る織場
真緒宅リビング(11:52)
相変わらずソファでスマホをいじる真緒
扉の影でスマホ電話をする加恵
加恵 「そう仰られましても・・・。そうですか・・・」
台所に戻って料理を詰めたタッパーを冷蔵庫に入れる加恵
壁掛け時計が11時52分を指している
加恵 「夕飯と軽食を冷蔵庫に入れておきました」
真緒 「ありがと」
加恵 「じゃあ、わたし、これで失礼しますけど。くれぐれも外出なさらないでくださいね」
真緒 「わかってる」
加恵 「加恵との約束ですよ」
マンションの平面駐車場からラパンを出す加恵
モニタリングルーム(11:56)
カウンターゲージの数値は93%を示している
時刻表示は11時56分40秒
奥川 「大丈夫なのか、桐山くん」
桐山 「東京電力がしっかり仕事をしてくれれば間に合うはず。いえ間に合います」
奥川 「心配だな」
桐山 「それより富岳による検証の手筈は?」
奥川 「神戸の最先端技術センター長は私の友人だ。最優先で対応してもらうよう通達してある」
桐山 「とにかく24時間しかありません」
奥川 「明日昼の再稼働だな。厳しいスケジュールだがITGの連中の尻を叩いておこう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時刻表示は11時59分10秒
カウンターゲージは98%を示している
時刻表示11時59分58秒、59秒
12:00:00を示した瞬間数字が消え、大型モニターからカウンターゲージが消えるモニタリングルームが暗転する
アグラの照明が消え、重低音を発していた空調設備も停まる
ミヤビの稼働ランプが一斉に消灯する
非常灯の弱い灯りがじわりと点灯する
薄闇に浮かぶ互いの顔を見合わせて安堵の溜息をつく桐山と奥川
作品名:東京メサイア【初稿】 作家名:JAY-TA