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狂犬病をうつされたけど私は大丈夫

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 私は高校を中退し、あっさりと卒検は得たものの母親の望む一流大学医学部に合格できず浪人を重ね、成人式をスルーした。社会を恨み、日本を恨み、そして知っている人がいないところで自殺するというアイデアが沸き上がった。親に黙ってパスポートを取得してインドに渡航した。
 ニューデリーはなんという猥雑な街だろう。地獄というのはこのようなところなのかもしれない。牛や犬が人込みの中を我が物顔に闊歩している。埃とスモッグがひどく気温は異常に高い。人の死体が道端に転がっていた。もしかすると死にかけているだけかもしれないけど。
 観光案内をしてあげるという男についていったところ、リキシャ―でかつての王宮ラールキラーに連れて行かれた。英語での雑談はハイテンションでとても面白かったが、シャージャハーンはアクバルの孫じゃなかったかな? 間違いだらけのインドの歴史を説明された挙句にお金を請求された。言いなりに要求されたガイド料数万円のお金を払ったが、運転手にも同額を払えと言われて、そんなマネーなんか無いと日本語で本気で長時間叫び続けたところ、通りがかった欧米人が救出してくれた。売春宿に売り飛ばされるところだったぞ、気を付けろ、と言われた。
 社会で生きていくためには本気で意思表明する必要があることに初めて気が付いた。インドでは人々も動物も生きるために本気で存在をアピールしていた。お金が無くなったので母に電話をし、自殺をすると脅すとお金が口座にふりこまれた。
 ヒジュラと呼ばれる女装した男を見た。突然神のお告げで女装を始める人々らしい。お金をくれないと罰が当たるわよ! と言っているらしい。乞食ですら自尊心を失わずに生きていける国。インドってそんな国。私のような人間でも生きていける国。
 一般的な観光客が行く大都市、アーグラ、バラナシ、そしてコルカタを経てインド各地を放浪しているうちに、南インドの都市、パナリに長期滞在することになった。昔はゴアと呼ばれていた所だ。昔ポルトガル人が支配していた時代が長く欧米化しているせいか、食べ物も日本人の口に合っている。フリーマーケットを冷やかしながら散歩して太陽が昇って暑くなったら安宿のゲストハウスに戻って夜まで寝そべって暮らした。妄想の中でゾウと戯れ、ガネーシャと遊び、韓国人男性アイドル歌手様と恋をする・・・・・・。夕方になると椰子の木が生えている砂浜でアラビア海に沈む赤い太陽を眺めて暮らした。歩いて三十分くらいのところにあるヒンズー教の寺院にお参りをした。寺院にはいろいろな神様が祭ってあった。牛があちこちにいて牛糞があちこちに転がっていた。辟易したがすぐ慣れた。
 街角には青銅でできたシヴァ神像が飾ってあった。踊りながら異教徒を滅し豊穣をもたらすと言われるダンシングシヴァだ。破壊の神様っていいねえ。なんだか楽しそう。私もこれになりたい。無表情に何から何まで全部ぶっ壊したい。
半年でビザが切れるので、その直前にタイに飛行機で行って一日滞在してインドに戻った。旅行代理店に相談してスケジュールを立てた。インドでは仕事ができる人とできない人が共存できているようだ。
 ゲストハウスのロビーにはいろいろな人がいて、毎日おしゃべりをした。
インド仏教遺跡のあるアジャンタ石窟寺院とエローラに行く予定だという日本人の年寄りのお坊さんにむずかしい質問をしてみた。
「人生の目的ってなんですか? 」
「仏教の禅画で十牛図というのがあってね、牛との付き合い方が描かれているんだ。最初は牛を扱いきれない。水を飲ませたり、農作業させたりできるようになって、そして最後は牛がいなくなっても幸せな自分が残るという図なんだけどね。人生の目的は、段階を踏んで何となく感じられるようになる。そして最終的には目的を必要としない生き方に落ち着いていくんだ。若い時は生きることを目的として苦しむんだよ。そして次の段階が来ることを期待するんだ。フランスのデュマも言っている。人生の極意とは、待つこと、そして期待することってね」
「私は今まで生きてきて苦痛しかありませんでした。世の中を嫌って現実逃避するしかないのです。こんな私でも幸せになれますか? 」
「そもそも人生とはどうやっても苦痛です。苦痛に対する反応は厭世と奮闘しかありません。なんだかんだ言って中間はあり得ないんだな。厭世気分で過ごすのもあり、奮闘するのもありです。それらはまさに紙一重。どちらが幸せになれるかは運しだい。あなた自身がそれを日々選択するのです。まさにそれが人生ですよ。ただ人間は幸せになれなくても、幸せになることを期待することはできるんです。あなたが人生をかける大切なものはきっと見つかります。人生は素晴らしい。あなたはこれからの人生にもっと期待するべきです」
 受験勉強のささやかな成果で安宿に集まる外国人との英会話も楽しかった。
 フランス人の若い女性は、アジアの文化が大好きで、一人でアジア各国を見て回っているということだった。背が高くて、髪の毛が黒くて長く、眼鏡の奥の瞳が青みを帯びていた。
「欧米のライフスタイルはボイド(形骸化)しているからもう終わり。これからはアジアの時代だと思うの。私の母はベトナム人なの。だから私はアジア人に似てるでしょ。これからは私にもいいことがあると思うの」
 というのだが、正直言って彼女はベトナム人にもフランス人にも見えなかった。自分を分かっていないってちょっとカッコ悪いかも。
 派手なTシャツを着たアメリカ人のヒッピー男は大げさに腕を動かしながら言った。
「ヘロインには絶対に手を出してはいけない。ロードトゥザパーディション(地獄への道)だ。中毒性が高く一度でもやったらのめり込んでしまって人生は終わりだ。砂浜で行われているパーティは特にやばい。重低音の速いリズムの音楽とダンスが一体となるゴア・トランスと呼ばれる音楽のミーティングにはジャンキーもたくさんいる。トランスのノリでヘロインの世界に素人を誘い込むんだ。でもヘロインの所持で逮捕されインドの刑務所に入ると、劣悪な環境で普通の欧米人は一年以上生きられない」
 いやはやなんとも恐ろしい。
「ぼくはそんな危ないことには手を出さずに普通の人生を送りたい。大学を四年間で卒業したらすぐ大企業に就職してまともな人生を送りますよ」と日本人大学生が笑いながらたどたどしい英語で反応すると、背の高いインド人が大きな声で反論した。
「その考えは間違っている。現代社会の進歩は早いから大学を一つだけ出るなんて意味がない。違う分野の大学を二つ出るべきだ。そうすれば自分だけの視点や特技が必ず見つかる。二十年後に役に立つ能力を見つけて磨いておくんだ。私もインドの大学とアメリカの大学を出た。君もそうするべきだ」
「それは日本では一般的なキャリアコースではなくて難しいです。親にも説明できません」
「お前は何を言っているのだ! 自分の人生は自分で決めるべきだ。社会は常に変化していくから自分が社会の中心にいて社会を動かしていくことを考えるべきなのだ! 」
 定期的に喜捨しているインド人は喜捨しない外国人に対してひどく見下す態度を取ることがある。大学生君は困惑していた。