小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

夢幻空花なる思索の螺旋階段

INDEX|33ページ/34ページ|

次のページ前のページ
 

 例へば食べ物一つとつてもその覚悟が試されるのである。例をあげれば植物を人工交配し、植物が他の何かへ変容することを人工的に断ち切つて食物として一番優れた植物を作るべく、人間は植物の変容を人間に従はせるが、そこで植物の他へ変容する自由意思を奪つて或る植物を或る食物にさせるのである。更に今では遺伝子の組み換へといふ、植物を生まれながらに何か別のものに変容する自由意思を全的に奪つて人間に都合が良い食物を作り果せてしまつたのである。その上太陽光や大地といふ土などの《自然》から植物を断ち切つて水耕栽培や発光Diode(ダイオード)の人工的な光を使つてまるで工場製品を作るやうに食物を生産する段になると、果たして人間は植物が抱くであらう何かへ変容する自由意思を全的に奪はれた恨み辛みや大憤怒をも食物を喰らふ時にそれらも一緒に喰らつてゐるといふ覚悟があるのであらうか。
 この植物の大憤怒を喰らふ覚悟もなしに人間は食物を喰らふ大馬鹿をしてゐるとしたならば、人間は生きるに値しない――。
…………
…………
――吾は、吾であることが……不快である……。
――へつ、不快だと? 
――さう、不快なのだ。
――だから、それがどうしたといふのか? 吾を喰らふお前にとつてそれは当然の報ひだらうが! 
――吾を喰らふ? 
――さうさ。人間は吾等の自由意思を全的に奪つて人間に都合が良い生き物を此の世に誕生させ、生き延びてゐやがる。ちぇつ、お前ら人間に吾等の憤怒が解かるか? どうせ吾等食物のことなど何にも考へずに只管自己の生に執着して己の為のみだけに吾等食物を平気で喰らつてゐるのだらう。
――いや……。
――いや? けつ、それはお前等人間の常套句だぜ! 
――否! だから俺は俺であることに不快なのだ! 
――へつへつへつ。だからそれはお前等人間の当然の報ひだと言つてゐるだろうが! 悔しかつたなら何か人間以外の何ものかへ変容してみろ! この馬鹿めが! 人間が人間以外の何かへ変容しない限り吾等食物の大憤怒は治まり切れないのだ! この大馬鹿者が! ほれほれ何かへ変容してみな、けつ! 


深淵 参

吾は暫く気を失つてゐたやうであつた。吾が気を失つてゐる間、それは誰の夢とも知れぬ誰かの夢が私の脳裏を過り私の暗い頭蓋骨の闇の中でそれは明滅を繰り返しゐたのである。吾は夢が泉の如く湧き上がる大いなる夢の王国に足を踏み入れたのか、それても夢の姥捨て山に足を踏み入れたのかは解からぬが、吾は初めて夢なるものをその時見たのであつた。しかし、それれは唯そんな気がしただけのことであつて夢何ぞもしかすると全く見てゐなかつたのかもしれなかつたのである。
それはこんな風にして始まつた。忽然と小さな小さな赤い光の点が遠くに遠くに見え始めたのであつた。
すると小さな小さな赤い光を取り巻く闇はごおつと轟音を立て始めて、その小さな小さな赤い光を中心に反時計回りに渦を巻き出したのである。吾はこの時初めて光なるものを認識したのかもしれなかつた。初めは何の事か解からずに唯呆然と眼前で起こる様を見守るしかなかつたのであつた。それまでは光なんぞの概念が全くもつて欠落してゐた私の概念の中にこの小さな小さな赤い光の点は何なのか初めは名状し難かつたのであつたが、成程、これがもしかすると光かと妙に合点したのであつた。すると、吾は闇であるといふ自己認識が明瞭に吾に認識され心に刻印されることになつたのであつた。さうである。吾は闇なのであつた。
――吾もまた闇……。嗚呼……。
 しかし、吾は夢の中とはいへ小さな小さな赤い光を見出してしまつたのであつた。これは吾にとつてコペルニクス的大転回を齎すもので、此の世に光なるものが存在出来るといふことは、吾の吾に対する自己認識に多大な影響を及ぼすのは間違ひのないことのやうに思はれたのであつた。兎に角吾はさう信じたかつたのかもしれなかつたのである。
――あの小さな小さな赤い光とこの渦巻く闇は何なのだ! 
 吾は夢の中に小さな小さな赤い光を認めた時、そんな言葉を吐いたかもしれなかつたかもしれない……。
 するとその小さな小さな赤い光の点は忽然と大きく巨大な火の玉となつて吾に向かつて疾駆して来るではないか! 吾は思はず
――あつ!
と、恐怖の声を上げてその突然の出来事に唯呆然としてゐた筈である。
――ああ、飲み込まれた! 
と、思つた瞬間、吾は夢の中で再び卒倒したのであつた。それから何分、否、何時間、否、何日経過したであらうか。吾はそれ以降、夢の中の無明の闇の中にじつと蹲り続けてゐたのであつた。
 不意に夢の中の吾が再び夢見を始めた刹那、夢の中の吾の眼前には火焔に包まれた大男がにたりと笑つて突つ立つてゐたのである。その火焔に包まれた大男が徐に右手を吾の方へ突き出しで吾の額を撫でたのであつた。その手は意に反して全く熱くなかつたのである。
 すると忽然とその火焔に包まれた大男は姿を闇の中に消したのであつた。その後には
――汝何者ぞ? 
といふ誰の言葉とも知れぬ言葉が吾の耳元に残されたのであつた。
と、其処で吾は目覚めたのであつた。
 辺りはやはり闇また闇であつた。
――汝何者ぞ? 
とは、はて何の事であらうか。それまで吾が吾であることに多少の疑ひは持ちつつもそれでも吾は吾であると認識してゐた吾は不意に不安に駆られるのであつた。何たる体たらく! 
――吾もまた闇……。これは間違ひであつたのか? 
 もしかすると吾が闇であると独りで思ひ込んでゐたに過ぎず、吾は既に闇以外の何かに変容を遂げてしまつてゐたのかもしれなかつた。
――吾は何者ぞ! 
 唯の夢での話ではないかとは思ひつつも吾は不安であつた。吾は何ものかであるのかその時全く解からなくなつてしまつたのであつた。
 辺りは相変はらず闇また闇。吾が何ものかを認識する術は吾の内部にしか存在しなかつたのであつた。
 吾は再び恐る恐る右足をのつそりと前へ突き出してみるのであつたが、やはり其処は何もない闇の深淵で吾は《浮島》に浮かんでゐる何ものかでしかなかつたのであつた。
――吾は何者ぞ! 
 吾の頭蓋内の闇には様々な他者の心像が浮かんでは消え生滅してゐたが、結局のところ吾の手がかりは闇の中に消えたままであつた。
――けつけつけつ、外界を突き破る程凝視せよと言つたではないか。
 辺りの闇は相変はらず吾を侮蔑してゐたのであつた。
――吾もまた闇ではなかつたのか? 
――へつ、お前が闇だと? 笑はせて呉れるぜ! お前は既に自意識なるものが芽生えてしまつた闇ならざる闇もどきの闇としてこの闇の中で自存せうとしてゐるんだぜ! 
――自存? 
――さうさ。お前は既に光なるものを夢の中とはいへしつてしまつた。巨大な火の玉と火焔の大男を見ただらう。
――ぬつ、さてはあの夢はお前の仕業か! 
――けつ、だとしたらどうしたといふんだ。いい見世物だつたと思ふがね、けつ。
――あの夢は何の暗示かね? 
――どうぞご勝手に解釈を試み給へ! 自意識が芽生えてしまつた輩は何かと解釈をしたがるから、勝手に好きなやうに解釈するんだな、けつ。