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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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夢幻空花なる思索の螺旋階段

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尤も卵から孵つた雛は《他》の格好の餌食でもあるのだ。卵から孵つた雛は《親》といふ存在に守られてゐなければ、それもまた死を意味するのである。そして、自己といふ名の《殻》を見事に破つて自己超克を成し遂げた雛たる自己にも《親》は勿論のこと、其処には先人達が一生かけて築き上げた知恵の数々や《神》が存在するのである。しかし、自己といふ名の《殻》を破つた自己は即座に自力で先づは大地に屹立しなければならない。それが人間といふ二律歩行を選んだ存在の宿命である。それから徐に一歩を踏み出すのである。しかしである。哀しい哉、新たな自己として一歩を踏み出さうとしたその瞬間、自己彫刻を成し遂げた自己は新たな自己といふ名の《殻》にぶち当たるのである。其処で留まつて自己保全を選択するのも自由であるが、所詮、自己といふものは自己に我慢がならない存在である。更に硬質となつた新たな自己といふ名の《殻》を突つついてぶち破るのには、自身の嘴を更に鍛錬して強固なものにしなければ自己は一歩も踏み出せないのである。哀しい哉、それが人間といふものの存在の仕方である。
さて、しかしである。ピーピーと鳴いて親の嘴をこつんこつんと突つき餌をねだる雛もまた親が捕へえた《他》といふ餌を喰らはずには一時たりとも生き延びられない宿命を負つてゐるのである。これは矛盾してゐるやうにも思へるが、存在する《もの》全ては《他》を餌として喰らはずには生きられない哀しい存在なのである。食物連鎖の中でしか生きられない哀しさ……。
…………
…………
――こつこつとこつこつ……割れた……殻に穴が開いたぞ。外部世界が見られるぞ!
――へつへつへつ。お前もまた《他》を喰らふ宿業の中へ踏み出してしまつたな。さあ、餌を喰らへ。そして生きろ、へつ。
――何のことだ? 吾は自己をたつた今彫刻したのだ。はつはつはつ。
――馬鹿め。よおく眼前を見ろ!
――ぬぬ。何かある! ちぇつ、またこの《俺》じやないか!
――精精《他》をたらふく喰らつて新たな自己を超克するんだな、けつ。


奈落

 地上は此の世の奈落の底ではないのか。重力に縛られてゐる以上、此の世の存在物は全て落下してゐる。多分、常に奈落の底へと落下してゐなければ存在の体をなさないのだ。しかしながら吾等が存在物は全て常に落下してゐる状態に慣らされて順応してしまつたがために、それが当然のこととして存在してしまつてゐるのではないか。
――そもそも重力とは何ぞや。
この愚問を一たび発してしまふと、最早、全ての事に対して問はずにはゐられないのだ。
――そもそも重力に縛られて存在してゐるその存在とは何ぞや。
とはいへ無重力状態なるものを人間は宇宙空間で体験してゐるではないかといふ反論が聞こえてくるが、無重力状態とは正に自由落下してゐることのその状態のことであつて、その状態を維持するために必然的に地上を高速で周回して釣り合いが保たれてゐるに過ぎない。存在するものは絶えず奈落の底へと落下してゐるのだ。
――落ちるといふことが存在なのか! 
 さうなのかもしれぬ。存在とは落ちて何ぼの世界なのかもしれぬ。
――では聞くが、この天の川銀河も何処かへか落ちてゐるのか。
――へつ、銀河の中心にある巨大Black hole(ブラつクホール)へ落ちてゐるんじやないかね? 
――解らぬ! そもそもこの時空間とは何ぞや。先見的なんぞといふ答へはここでは御法度だぞ。
――へつ、自身の存在すら解らぬものに時空間が解る筈がない。先づは己の存在を問ふんだな。
 そもそもこの存在するといふことは何なのであらうか。多分、此の世の存在物全てが常時問ふてゐる筈だ。
――吾とは何ぞや。否、何が吾か? 
 しかしである。その問ひに答へた存在物は多分此の世にこれまでのところ存在したことがない。
――神、さうだ、神がゐるではないか! 
――神? けつ、神が神存在について御存知ならば、人間は、否、此の世の存在物全ては未完成品として此の世に存在しなかつた筈だぜ。
――すると、神すらも存在については不明といふことか? 
――へつ、その通りさ。神すらも存在の何たるかを知らぬ。
――するとだ。そもそも何故、吾等存在物は存在してしまつてゐるのだ! 
――けつ、落ちろ、落ちろ! 奈落の底へ落ちろ! 落ち切つたところで初めて見えてくるもんじやないかね。
――嗚呼、何故吾は此の地上に誕生してしまつたのか! 
 沈黙の神。全ては沈黙の中に隠されてゐるのだ。神が何も語らぬ故に吾等は生存してゐるのかもしれぬ。
 そもそも存在物全ては世界を真に認識出来得るのだらうか。
――虚仮の世界認識! 
――はつはつは。世界も無限に存在の仕方が存在する。
――また無限か……。
――さうさ、お前等は無限について何も知らぬ。知らぬ故に存在も世界も真に認識出来ぬのだ。落ちろ、落ちろ! 奈落の底に落ち切つてしまへ。さうすれば否応なしに無限の何たるかがわかる筈だ。へつ、落ちろ、落ちろ! 奈落の底へ落ちるのだ!


残像

真夜中、部屋の電燈の明かりをぱちりと消した瞬間、辺りは闇と静寂に包まれるが、すると私はいつも奇妙な荷重が自身にかかつて何となくではあるけれども自身が通常よりも少しだけ重いと感じるのであつた。
――この重さは何なのだらう……。
 さう思ひながらひと度は蒲団に身を横たへてみるのであつた。
――闇に沈む吾……。
 そんな感慨に耽りながら私は闇の中で瞼を開き、眼前に拡がる闇を凝視しにかかるのであつた。
――闇にたゆたふ吾の不思議……。
 暫くはそのまま自身を蒲団の中に横たへ、自身の存在に我慢――我慢といふのは変なのだが、どうしてもこの時間は自身の存在を我慢するとしか言ひ様がないのである――し、私は自身と向き合ふのであつた。するとぬつとその顔を突然闇の中に突き出すやうに、何とも名状し難い自身の存在の虚しさに私は包まれてしまふのであつた。
――虚しい……。
と、私は不意に起き上がり蒲団の上で胡坐をかいて闇の中でライターを手探りで探すのであつた。
――しゆぼつ。
 ライターの火が点ると同時に闇はさつと身を引いて物影の背後に蹲るのであつた。
――ふうつ。
と、私はそこで突然ライターの炎を吹き消すのであつた。
 ライターの炎の明かりの残像が私の網膜に残り、闇の中でぼんやりと輝く中、私はその残像を凝視し残像の御蔭で何となく自身が軽くなつたやうな錯覚を楽しむのであつた。そして、ゆつくりと瞼を閉ぢ、瞼裡に浮かぶライターの炎の残像を凝視するのであつた。
――重い……。この度し難い存在め! 
 私は闇の中で独り蒲団の上に胡坐をかいて座してゐる自身の存在の不思議を感じずにはゐられないのであつた。
――自身に重さがあるのは何としたことだらう! 
――ぷふい。
と、そこで私の内部の住人たる異形の吾が嘲笑ふのであつた。
――何が可笑しいのか? 
――ぷふい。何が可笑しいつて、お前のその思考する存在のあり方自体そのものが可笑しいじやないか! 何故自身に重さがあるかつて? ぷふい。お前もまた地獄の住人だからさ。
――何? 地獄の住人? 重さがあることがどうして地獄に結び付くのか!