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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 礼子は、一階が気になる様子で視線をちらちらと逸らせながら、笑った。
「物知りになったなあ、蜘蛛の巣までつけて。家がはっきりお断りしよった場合は、連れて行く側に気を済ませてもらわなあかんのよ。やから、ちゃんと決まった人間が始末をつける。そういう家がめでたい場に呼ばれるわけがないってのは、分かるやんね?」
 六星家だ。わたしは自分から出て行った小さな息に、今までの思い出が道連れになっていったように感じて、口を堅く閉じた。
「あっこのお父さんがずっと、汚れ仕事をやってきたんよ。お断りした七尾家は、どこにも引っ越しとらん」
 礼子がそう言ったとき、一階からはっきりとお父さんの声が聞こえた。
「礼子、一条さんのとこから火が出とる」
 玄関の扉が引き開けられるときの、がらがら音が鳴った。どこの家とも違う、三橋家の扉の音。礼子は一階の方に顔を向けて、言った。
「分かった。すぐ行くわ」
 わたしは、ずっとここに監禁されるのだろうか。向かい合わせになった写真が『連れて行ってくれる』まで。
 凄い引力だ。都会で暮らした三年間は、一体何だったのだろう。
 代わりに人生を引き受けてくれる人がいたらなんて、随分と斜めに世の中を見ていたけれど。こんなの、お金をいくら積んだって、誰も代わってくれないだろう。扉が開けっ放しなのか、鋭く冷たい隙間風が二階まで上がってきた気がした。よく分からないことが、まだひとつだけあった。
「姉ちゃん」
 いつもの呼び名。礼子は振り返ると、懐かしい表情を作った。妹に呼び止められて、忍耐強く質問を待つ姉の顔が、まだそこにあった。
「何?」
「わたしが十六のときに、こうしたかったんやろ。それやったら、なんで五年も待ちよったん?」
 言い終えるのと同時に、わたしは思わず息をひゅっと吸い込んだ。真横に薙がれた金属バットの先端が礼子の頭に直撃して、その体が真横に倒れた。そのバットを握る手は震えていたけど、顔を見るまでもなく、分かった。
「こうちゃん」
 わたしが声を絞り出すと、幸平はバットを床に置いて、床に倒れこんだ礼子の脈をとった。
「生きとる」
 呟くと、腰につけた作業用のベルトからラジオペンチを抜いて、幸平はわたしの足元に屈みこんだ。パチンという軽快な音と共に足が自由になり、わたしは言った。
「ありがとう……、何で?」
 ここに戻ってから、ずっと『何で』と聞いてばかりだ。わたしの顔を見上げると、幸平は言った。
「そっちこそ、なんで戻ってきよったんや」
「あかんかった?」
 わたしが言うと、幸平は顔をしかめた。
「これ、戻ってよかったって思っとるんか?」
 引きつったようなしゃっくりのような笑いが漏れたとき、両手が自由になった。わたしは被り物を頭から引きはがすと、立ち上がろうとしてよろめいた。肩を貸してもらい、なんとかその場に立つことができたとき、幸平は言った。
「私物はどこや?」
 わたしは、部屋に置いたリュックサックと机の上のスマートフォンを手に取った。幸平は代わりに背負って、スマートフォンをリュックサックのサイドポケットに入れた。
「ほいだら、ゆっくり下りるぞ」
 薬の効果が切れたのか、いつの間に体は軽くなっていた。一階に下りると、慌ただしく出て行った跡だけが残されていた。上着が吊られたまま置きっぱなしになっているし、廊下には茶碗がひっくり返っている。わたしは窓の外が赤く光っていることに気づいて、言った。
「火事になっとる」
「よう燃えるぞ。一条のとこは、木造やからな」
 幸平は玄関まで来ると、スニーカーをわたしの足へねじ込むようにはめこんだ。
「歩きにくいやろけど、おれの家まで行く」
 わたしは幸平に手を引かれて、坂を下り始めた。また同じフレーズが頭に浮かんで、そのまま口から飛び出した。
「何で?」
「何が?」
 幸平は、すでにエンジンがかかっているハイラックスサーフのドアを開けながら、言った。わたしを助手席に押し込んでリュックを膝の上に乗せると、自分は運転席に座った。
「オートマや。免許あるな?」
「あるよ……。こうちゃん、何で押しよったん?」
 ハイラックスサーフがごろごろと動き出し、幸平はヘッドライトを点けるなりアクセルを踏み込んだ。そのまま坂を下りきったところで停めると、言った。
「はずみや、ごめんな」
 運転席から降りると、幸平は反対側に回って助手席のドアを開けた。
「こっから、運転しろ」
 わたしは運転席に移ると、ままごとのようにハンドルを握り、幸平に言った。
「なあ、何でも聞いてごめん。みんな、なんで五年も待ちよったんやろ?」
 幸平は集落の方に目を向けると、険しい表情のまま苦々しい口調で言った。
「死んだ人間との結婚は、ちゃんと見分けがつかんと成立せんからや。行け」
 そう言うと、幸平はドアを目の前で閉めて、集落に繋がる上り坂を駆け上がっていった。
「ちょっと、こうちゃん? 待ってよ」
 わたしはすぐに降りようとしたけど白無垢が邪魔で、間違えてアクセルを空ぶかししてしまった。言いたいことが、頭の中で酷い渋滞を作り上げている。
 ちゃんと見分けがつかないと、冥婚が成立しないのだとしたら。
 五年の空白を生んだのは、この腕の傷だ。だから、両親も礼子もみんな傷跡のことを気にしていた。傷が残っていたら、冥婚が成立しないからだ。そして廃屋で再会したとき、幸平もまず傷跡を確かめていた。
 こうすることでしか防げないと、知っていたからだ。
 幸平は、訳の分からない敵なんかじゃなかった。わたしのことを、ずっと守ってくれていた。わたしにとって、新明集落は帰ってはいけない場所だったのだ。
 幸平は、どうして引き返していったのだろう。現実に無理やり自分を引き戻して、わたしはバックミラーを見た。ブレーキランプの赤い光が、上り坂を地獄の入口のように映している。戻らなくてもよかったのに。戻った先には焼けている一条家と、あとは六星家が管理してきた水門ぐらいしか残っていない。
『でも、これはうちの親父が作ったんよ。いつか……』
 記憶に残っている、幸平の言葉。その口調が誇らしげだったのを、よく覚えている。そこに、七尾家をこの世から消し去ったという礼子の言葉が加わった今、執拗に繋がろうとする別の言葉があった。
『水門を開けたら、この集落は全滅しよる』
 記憶が曖昧でばらばらに覚えているけれど、実際には、ひとつの言葉だったのかも。もし、わたしを突き飛ばしたときに、幸平がそう言っていたのだとしたら。
 わたしは、ハイラックスサーフのシート調節レバーを手当たり次第に引いて運転席を前に動かすと、バックギアに入れて農道に入り込んだ。まっすぐぶち当たった石造りの壁がガラガラと崩れ、ドライブに入れるなりアクセルを踏み込んだ。ヘッドライトが、集落に続く上り坂を真っ白に照らしている。
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ