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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 勢いに任せてアクセルを踏み込む中、八田家の水たまりにハンドルを取られながら、わたしは眼前の光景を目に焼き付けた。一条家の窓という窓から真っ赤な炎が噴き上がり、管理用道路の門が開いている。中に入り込んで急ブレーキを踏むと、わたしはハイラックスサーフを路肩に停めた。そして、リュックサックを背負って川沿いに進む裏道へ入った。車でずっと管理用道路を走るよりは、こっちの方が目立たない。
 白無垢を引きはがすように全部脱いで、中に入っている着替えのジャージを着込んでいると、体の芯に残っていた子供のころの力が次々に蘇る気がした。リュックサックのサイドポケットからスマートフォンを取り出して動画アプリを立ち上げると、わたしは画面を眼前の景色に向けた。燃えさかる一条家の赤い光が、木々の間を柔らかく照らしている。撮影ボタンを押して感度設定を最大にすると、人間の目には暗すぎる足元が白く浮かび上がった。ライトを点けて走り回るよりは、目立たないはずだ。都会にいるときは何に使うんだよと思っていたけど、店員さんに推されるままに買って、正解だった。動画のディスプレイを頼りに足元を確認しながら、わたしは岩場へ続く裏道を走り始めた。幸平のやりそうなことぐらい、わたしにだって分かる。
 いや、今のわたしだからこそ、理解できるのかもしれない。
 管理用道路の中腹に辿り着いて、わたしは息を整えた。ここからは岩場に張り付く検査路を上らなければならない。いつも閉じている扉は全て開けっ放しになっていて、自分が後から追いかけることを岩場全体が予期していたようにすら感じた。金網と鉄板で作られた検査路を駆け上がり、スマートフォンを握りしめたまま、わたしは水門を見上げた。目と鼻の先にまっすぐ切り立っていて、頂上にある二基のライトがぼんやりと光を投げかけている以外は、灰色の巨大な壁に見える。頂上に白のアクティトラックが停められていて、幽霊のようにぼんやりと浮かび上がって見えた。
 階段を上がり切ったとき、水門のハンドルを見下ろす幸平の姿が見えた。
「こうちゃん」
 呼びかけると、幸平は呆気にとられた表情を浮かべた。
「逃げろ言うたやろ」
 わたしは、自分の顔をまっすぐ見返した幸平に言った。
「お願い、やめて」
 幸平は、水門を解放するつもりだ。そうすれば、この集落は全滅する。
「なんでや。こんな集落、存在せん方がええやろ」
「そんなことしたら、こうちゃんが捕まるやんか」
 わたしが言うと、幸平は目を逸らせた。
「七尾んとこがどうなったか、知ってるか? おれはどこに埋まってるか、ちゃんと知っとる。殺したんは親父やけど、でっかい穴を山の中に掘ったんは、おれやからな」
 当時、幸平は十二歳だった。わたしは言った。
「手伝わされたん?」
 幸平は首を横に振った。わたしは周囲を見回した。遠くで燃える炎に混ざって、ライトのような白い光が見える。水門から引き離そうとして手を伸ばすと、幸平は逃げるように一歩引いて、言った。
「親父は、体力をつけろ言うて目的を言わんかった。そこに七尾家が全員埋まっとるって知ったんは、だいぶ経ってからやったわ。でもな、不思議と分かっとった。引越しとるわけなんかないって」
 集落の始末屋。六星家に生まれた以上、その宿命からは逃れられない。わたしが口を開くより前に、幸平は続けた。
「六星家には、人の心がないねん。あったら仕事にならんからな」
 わたしは、首を横に振った。幸平はそんな人間じゃない。
「わたしが連れていかれへんように、してくれたんよね?」
 右腕を掲げると、幸平は当時のことを思い出したのか、顔をしかめた。
「おれがやったって、なんで言わんかった? おれは、八田送りでも構わんって思ってた」
「そんなわけないって、ずっと思ってたから。でも、理由は分からんし怖かったよ」
 本音を言葉に出すと、語尾が揺れて目頭が熱くなった。意味が分かるまでは、本当に怖かった。でも今は、五年間ずっと立ちはだかっていた壁がなくなって、目の前には水門のハンドルから手を離して立つ幸平の姿だけがある。だから、もう何の引っ掛かりもなく言える。
「一緒に行こう」
 わたしの言葉に幸平がうなずきかけたとき、その表情がさっと険しくなった。
「そういうことかあ」
 その声は、わたしの真後ろから聞こえた。振り返った先に、血まみれの礼子の顔があった。わたしを押しのけると、礼子は右手を振り上げた。包丁を持っている。思わず尻餅をついたわたしは、体勢を立て直して幸平の手を引いた。礼子はふらつきながらコンクリートの壁に手をつくと、振り返った。その目はわたしじゃなくて、幸平の方を向いている。
「姉ちゃん、もうやめてよ 。集落が勝手に決めたルールのために、どんだけ死ななあかんの」
 そう言ったとき、幸平の手が伸びてきて、わたしを庇うように後ろへ引き戻した。礼子は間合いを保ったまま、言った。
「どうしようもないんよ。そういう風にできて、今まで来とるんやから。お母さんの代やったら五頭さんとこも、みんなが平和に暮らすための犠牲になっとるんよ」
 わたしは山の中を指差した。
「七尾さんのとこは、別なんよね? 聞いたよ、山の中に埋まっとるって」
 礼子は視線だけでわたしの指を追うと、うなずいた。
「決まりがあるんよ。代々続いたもんを、勝手に変えることはできんからね」
「生き死には、誰が決めよるん」
 わたしが言うと、礼子は肩をすくめた。
「そんなん、一条家に決まっとるやんか。一番偉いんやから」
 聞けば聞くほど、狭くてくだらない世界。命を賭ける意味なんて、見い出せない。正気を失ったように見える礼子にどう対峙すべきか、わたしはもう分かっていた。そもそも礼子は、狂ってなんかいないのだ。包丁を持っていて、今まさに幸平目掛けてその右手を振り上げたけれど。
「幸平くん、ごめんけど殺すよ。もう、邪魔やわ」
 礼子がそう言ったとき、わたしは幸平を体当たりで突き飛ばした。礼子が振り下ろした包丁の刃先は勢いを削ぐ間もなく、わたしの左肩に突き刺さって、腕の方向に抜けていった。骨に指を突っ込まれたような激痛が走ったとき、礼子は自分がやったことがそのまま跳ね返ってきたように、飛び退いた。
「舞衣子!」
「あはは、残念でした」
 わたしは、痛みが全身に覆いかぶさってくるのを跳ねのけながら、呟いた。前は右腕だったけど、今度は左腕から血が流れ出している。これでまた、振り出しだ。呆然としたまま立ち尽くす礼子から後ずさって、幸平の肩を引いた。
「逃げよう、早く」
 アクティに二人で乗り込み、幸平は微かに震える手でエンジンをかけると、管理用道路を下り始めた。一条家はほとんど焼け落ちていて、その前に『住人達』が集まっている。わたしの両親も、そこにいた。
「こうちゃんが、火つけたん?」
 わたしが言うと、アクティのシフトレバーを忙しなく操作しながら、幸平は言った。
「おれはつけてない。灯油ストーブつけっぱなしやったから、ひっくり返したっただけや」
 農道の分岐を越えて、周りの景色がぱっと開けたとき、幸平は言った。
「救急病院に行く。でも、あいつら追いかけてきよるかもしれん」
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ