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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 絶対に近寄ってはいけない岩場に、大きな家の二階にある開かずの間。誰もが一礼してから通る錆びついた鳥居に、生活排水が全て流れ込む位置に建てられた村八分の家。夜になると鏡の面を隠したり、開かずの間には巨大な南京錠がかかっていたり、都会で披露できる怖い話のストックはたくさん。でも今は、その中にいる。
 大きな家の二階にある開かずの間。あれは、我らが三橋家のことだ。二階には、わたしの部屋と向かい合わせに礼子の部屋があって、間の廊下を奥に歩くと、広間がある。それが開かずの間で、都心で過ごすわたしが飲み会でネタにしているのは、その扉にかけられた南京錠のことだ。
 さっき七尾家の二階で、同じ形の南京錠を見た。開いていて、床に落ちていたけど。
 自分の家だけは、冒険のレパートリーから外れていた。ほとんどのことは、子供のころから見慣れていたし、そういうものだと理解していたから。わたしは立ち上がって、部屋の扉を開いた。廊下の奥には扉があって、当たり前のように南京錠がかけられている。しばらくその様子を見ていると、扉にかけた手が重くなってきた気がして、わたしは部屋に戻った。着いて一時間で、どっと疲れた。ベッドの上に横になると、ふわりと意識が薄れた。昔は、学校が終わったら幸平と遊びに出かけて、帰ってきたらとりあえず制服から部屋着に着替え、そのまま晩御飯の時間までうとうとしていたっけ。今同じことをしたら、多分夜は眠れないんだろうな。でも土曜だし、何より起こしてくれる人が同じ屋根の下にいる。
 そう思いながら、目を閉じた。
 だぶついた制服。思ったほど背が伸びなかった四年生の夏。だんご岩の名物、角が全て落とされた丸い石を見ながら、こうちゃんが言った。『どんだけ丸くしよっても、こっちが四角く当たったら死ぬやろうが』。岩が丸くて人が四角い。そんな様子を想像して、わたしはげらげら笑っていた。『どこ行くん?』と訊くと、『一個ぐらい、削り損ねた石があるやろ』と言って、こうちゃんは手当たり次第に石をひっくり返したり、あまり人が立ち入らない林の中にずかずかと入っていったり、好き勝手に歩き回っていた。こうちゃんが膝下まで泥だらけなら、年下のわたしは太ももの上あたりまでどろどろになる。でも、帰ったら、礼子が母の代わりに泥を落としてくれる。
 わたしは、狭い世界の中を取りこぼしがないように食い尽くしていた。その道先案内人がこうちゃんで、結局尖った石は見つけられなかったけれど、オヤジに聞いてみると言って、諦めはしなかった。
『岩場に行かん?』
 相変わらず夏服だけど、臙脂色のステッチが入った高校の半袖。蝉の鳴き声が耳鳴りと間違うぐらいに響いていて、突然丸い石たちがいなくなった。角の切り立った岩たちは今までに見たことがない禍々しさで、威圧感があった。こうちゃんは、『一条は、ここで死んだんよ』と言って、花が添えられたなんてない場所を指差した。頭を打つのに、それほどうってつけというわけではない。『何がしたかったんやろ』と訊くと、『行くなって、言われてたからやろ』と答えて、こうちゃんは水門のハンドルを見つめていた。『これで、もっとるんや。こんな、しょーもない鉄のハンドルで』。どういう意味かよく分からなかったけど、こうちゃんはどこか誇らしげだった。
『でも、これはうちの親父が作ったんよ。いつか……』
 興味が湧いて、わたしはこうちゃんよりも前に出た。足は地面についていたはずなのに、体がふわっと浮いた。
 これは夢だ。なんとなくそう理解したとき、ドアをノックされる音が爆竹のように響いた。
 わたしは飛び起きた。スマートフォンの時計は午後七時を指していた。三時間近く眠っていたことになる。実家の安心感はすごい。
「ご飯の用意そろそろできるから、下りといで」
 礼子がドア越しに言い、わたしは深呼吸をした。
「ありがと。すぐ下ります」
 ほぼ有言実行と呼べるレベルの速さで、わたしはすでにつきかけている寝癖をなでつけた。寝起きで晩御飯なんて、ひとり暮らしなら考えられない生活サイクルだ。服に付いた埃を払うと、わたしは一階に下りた。階段を一段下りるごとに、美味しそうな匂いが少しずつ濃くなっていく。台所はからっぽで、居間にごちそうが並んでいた。礼子と目が合い、わたしはお誕生日席に案内されて、顔を上げたときに気づいた。
 いるのは、三橋家だけじゃない。一条家と二宮家の全員が、所狭しと座っている。ちゃんと人数分の食器があり、食事会の客人であることは疑いようがなかった。一条家の夫婦。岩場で亡くなった和樹の父親。そして、礼子の夫である二宮智則と、その母親。
「姉ちゃん、みんないるんだけど」
「せっかくやからね、呼んだんよ」
 礼子はそう言うと、わたしの前に置かれた湯呑みにゆず茶を注いで、隣に座った。お父さんが近い席に腰を下ろすと、言った。
「ええっと、こうやって帰ってきてくれたいうことで。家族だけでこじんまり祝ってもよかったけども、まあお世話になっとるんでねえ」
 人ではなく、この場に対して言っている。わたしは諦めて、ゆず茶をひと口飲んだ。焼き物から揚げ物まで、ありとあらゆる料理が並んでいるし、ここは素直に集落の人間達と親睦を深めればいい。会社の飲み会の常識が通じるなら、二時間。その間、耐えればいいのだ。礼子とは客人がみんな帰ってから、ゆっくり話し込めばいい。腹を括って、わたしは頭を下げた。
「こんな集まってもらって、ありがとうございます」
 方言が消し飛んだわたしの口調に、場がどっと沸いた。礼子がぱたぱたと手を振りながら、言った。
「舞衣子、ほんとにシティガールになっとるんよ。なあ?」
「シティガールって何」
 ビールグラスを持ったわたしが思わず笑うと、七福神の集まりに切り替わったように、全員の表情が柔らかくなった。食事が始まり、わたしはさほど話題の中心になることもなく、ただの飲み会のような場が続いた。余裕が出てきて、わたしは改めて参加者に視線を走らせてから、隣に座る礼子に囁いた。
「これって、どういう集まりなの?」
「お祝いよ、お祝い」
 すでにビールを飲んでいる礼子は、少し崩れた口調で言いながらわたしの背中をぽんと叩いた。智則が刺身を器用に丸めて食べながらうなずき、その母が隣でしみじみと言った。
「お父さんにも、おってほしかったねえ。あと一年早かったらな」
 何がだろう。わたしがあと一年早く何かをしていたら、よかったのだろうか。少しだけお酒に侵入された頭で、わたしは考えた。一条家の父が着ているセーターや、二宮智則の銀縁眼鏡。礼子が高校の上着を着ていたのを見たときは、三橋家だけだと思っていた。でもこうやって見ると、集落全体で物持ちがいい。本当に誰も、新しい物を買っていないようだ。
 わたしはゆず茶を飲み干すと、礼子の方を向いた。さっきから、急激に酔いが回っている気がする。ずっと根に持っていたわけではないと言い訳しながら、手放そうとしなかった子供時代のエピソード。いつの間にか、それが頭の最前列に来ていた。
「わたし、小三のときだけお年玉もらえんかったんよ。あれって、姉ちゃんもやんな?」
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ