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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 五頭家の長男。わたしは書類入れから手を離した。病弱で、中学生のときに亡くなったはずだ。なのに、結婚式が挙げられようとしていた。確か、七尾春美も同い年だったはずだ。顔がぽっかり空いた白無垢を見上げてから立ち上がると、わたしは階段をそろそろと下りた。体全体の筋肉が予想外のことに弱り切っていて、ちょっとでも気を抜いたら転げ落ちそうだ。
「なんなの……?」
 独り言で、しかも自分の声なのに、生身の言葉が耳に入るとそれだけで少し落ち着くことができた。十五歳で結婚はできないはずだ。だとすると、あの式は亡くなった後に挙げられたのだろうか。外の光を浴びてその眩しさに目を細めたとき、言葉が頭にふわりと浮かんだ。
 冥婚だ。若くして亡くなった人が寂しくないよう、生きている誰かと儀式的に結婚させるというのを、聞いたことがある。まさか、この集落がそんなことをやっていたなんてからくりが分かった途端、興味がすぐに怖さを押しのけてしまった。七尾春美と五頭恭一。九歳だったわたしとは年が離れすぎていて、交流はなかった。でもこの二人は、わたしが知り得なかった何かに深く関わっている。それは、わたしが子供のころからずっと集落に感じていた違和感を解決してくれるかもしれなかった。きっかけは、子供が怪我をしないよう尖ったものの先端を全て丸めたという、『だんご岩』の由来を聞いたときだったと思う。子供を大事にするというよりは、傷つくのを恐れすぎているような、どこか形の歪んだ傘に覆われているような感覚は、常に感じていた。
 そろそろ戻った方がいい。そう思いながらも、足はまた七尾家の中へと戻っていた。
 一階は二階よりも明るくて、書斎は窓に面した側から光が差し込んでいる。これ以上、暗いところにはいたくない。そう思って書斎に入ると、わたしは机の引き出しを静かに開いた。ほとんどは空っぽで、最後に開いた左下の棚の奥に、日記帳があった。署名はないけど、ぱらぱらとめくって字の雰囲気を見た限りは、春美のお父さんが書いたものだろう。体を小さく丸めて、外から見えないよう書斎の机の陰に隠れると、わたしは西日に背中を照らされながら、中身に目を通した。半分ぐらいは、日常のこと。日記が『普通』だった最後は、わたしが九歳だった年。その前年の暮れに、五頭恭一が亡くなっている。
『春美が選ばれた』
 日付も、天気の話もなし。いかに深刻な話題か、その硬質な文章からよく分かった。わたしの勘は当たっていた。五頭恭一が亡くなったことで冥婚の相手として選ばれたのが、七尾春美だった。ただの儀式だと思っていたけど、そうでもないのだろうか。例えば、この後に生きている相手と結婚するときはバツイチ扱いになるとか? 少しだけ不謹慎な笑いがこみ上げてきて、わたしはページを繰った。結構、お金を出さないといけないらしい。でも、上流の家と冥婚で結ばれれば、その家の格は引き上げられる。
「やば」
 わたしは思わず呟くと、次のページを開いた。 
『春美を連れていけないようにするには、どうしたらいいのか』
 さっき散々追い払ったはずの冷気が、背中にそっと触れた。儀式として結婚したら、それで終わりじゃないのだろうか。
『まずは六星と話をつけなければならない』
 そこで、日記は終わっていた。どうして、六星の名前が出てくるのだろう。日記を閉じたとき、目の前を影がすっぽりと覆って、夜みたいになった。
「何しとるんや?」
 振り返ると、見下ろすように幸平が立っていた。わたしは咄嗟に逃げようとしたけど、条件反射のように動かした両足がもつれ、よろけながら壁にぶつかった。わたしの腕を掴んで上着の袖をまくった幸平は、右腕を見下ろしながら言った。
「怪我は?」
 手品を見たように呆気に取られている幸平の顔を見たとき、わたしは腹の底に溜まっていた熱い空気が喉元まで上がってくるのを感じた。
「あんなもん、消しよったわ!」
 わたしが腕を力いっぱい引いて後ずさると、素直に手を離した幸平は、言った。
「舞衣子、聞け」
「何を?」
 声をしっかり聞いたら最後、時計の針が凄まじい勢いで逆に回り始めて、怪我をした前の日に戻ってしまう。そんなことは、わたし自身が一番理解していた。だからこそ、ずっと思い悩むことを代償に、距離を取ってきたのだ。
「その日記に、名前出てきよるんやけど」
 言葉ですら、この集落にいたときのことを思い出して、すでに巻き戻されている。
「それは、うちの親父のことや」
 幸平が言ったとき、わたしは元来た道を引き返して、七尾家の敷地から走り出た。早足で五頭家の前を通り過ぎたときに後ろを振り返ると、七尾家の傍に立つ幸平と目が合った。追いかけてくる気はない。そう思うと、身の危険を回避した安心感と共に、二十四歳になった幸平の姿が後出しで目に焼き付けられた。
 突然現れてびっくりはしたけど、腕を掴まれたとき、不思議と嫌な感じはしなかった。でも、そう思うこと自体が、我ながら本当にお花畑だと思う。傷が消えたからなのだろうか。全く意識すらしていない頭のどこかで、全てを許したつもりになっているのかもしれなかった。
 三橋家に舞い戻り、わたしは台所へ直行した。母と礼子が食材の封を切りながら談笑していて、わたしに気づくなり礼子が呆れたように笑った。
「手伝いたい? ゆっくりできん性質は、変わらんなあ」
 母が白菜をまな板に置きながら、礼子の表情を真似るように控えめな笑顔を向けた。
「舞衣子、お酒はよく飲む?」
「うーん、飲み会とか以外では飲まないかな」
 わたしが肩をすくめながら答えると、母は居間にちらりと目を向けて、言った。
「智則くんが地酒持ってきてくれとるから、またご飯のときに試してみ」
「ありがたくいただきます」
 ぺこりと頭を下げると、母はポットを手に持ち、湯呑みにお茶を注いで差し出した。
「ゆず茶、好きやったやんね?」
 わたしは湯呑みを両手で受け取ると、ひと口飲んだ。猫舌向けの、ちょうどいい温度。昔はよく飲んでいたっけ。思い出していると、そのまま飲み干してしまった。
「おいしい……」
 思わずそう言ったとき、礼子がすたすたと歩いてきて、わたしの髪に触れた。
「これ、蜘蛛の巣?」
 言われてみれば、礼子が触れている髪の辺りに少し引っ掛かりのようなものがある。わたしが舌を出すと、礼子はそのまま蜘蛛の巣を全部払ってくれた。
「もー、この短い時間で。冒険癖は変わらんなあ」
「すみませえん」
 わたしが頭を下げて湯呑みをそれとなく差し出すと、礼子は湯呑みをシンクに置きながら手を洗い、言った。
「手伝ってもらおうかと思ったけど、蜘蛛の巣が混ざったらいかんし、やっぱり休んどき」
「そうします」
 わたしは素直に引き下がり、二階に上がった。母の前では娘になり切れないけど、礼子の前なら妹になり切れる。怪我だって、傷が消えた今は、幸平と真正面から向き合えた気がしていた。あんな風に言い返せるなんて、わたしも中々自己主張が強い。
 勉強机が過去へといざなう、自分の部屋。ここにいると、七尾春美や五頭恭一のことが頭に浮かんで、すぐに自分の過去と結びつこうとする。まだ、廃屋の中にいたときのほうが、他人事のように感じていた。
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ