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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 確か、そんなことを言った覚えがある。当時のわたしは、この写真を見て何とも思わなかったのだろうか? 高校に上がって二ヶ月で怪我をしたから、写真のことなんかどうでもよくなっていたのかもしれない。でも、改めて見ると、違和感しかない。
 笑っているのは、わたしだけだ。
 お父さん、お母さん、礼子、幸平、そしてわたし。五人が写っているのに、わたし以外の四人は魂が抜け落ちたような、ぽかんとした表情をしている。大きな出来事があったのは、確かだ。一条和樹が岩場で死んだのは、この年の正月明けだったから。行ってはいけないと言われたら、行きたくなる。この集落で育った十七歳というのは、幼い子供と同じ。
 岩場の先にある、荘厳な水門。数キロほど林道を登ったところに立ち入り禁止の柵があって、さらに先へ進むと二つの巨大な白いゲートが森を真っ二つに割くように建っている。検査路もあるけど、そっちは忍び返しがついた扉で入れないから、良い景色を見るには、岩をうまく伝って頂上まで行くしかない。一条和樹の死因は、岩で頭を打ったことによる脳挫傷。その半年後には、わたしが水門のハンドルにぶつかり、右腕に切り傷を負うことになる。集落史には『一条家の長男が死んだばかりなのに、わざわざ現場を見に行った三橋家のバカ(難所を越えた先で転倒)』と刻まれているだろう。
 でも、この写真のときはまだ『バカ』じゃなかった。なのに、みんなどうしてこんなに顔つきが硬いのだろう。わたしは三段目を再び閉じて、一階に続く階段を下りた。急な角度でもとんとんと軽快な足音が響くのは、体が覚えているから。その音を聞いたに違いない礼子が顔を出して、言った。
「部屋、そのまんまよね?」
「保存されてた。晩御飯の準備って、いつぐらいから始まりそう? 手伝うよ」
「なにを言いよんの、今日はお客さまやろ」
 礼子が笑いながら手を横に振り、自然に外へ向いているわたしの足先を見ると、言った。
「散歩? 岩場はあかんよ」
「分かってるってば。ちょっと、散策してくる」
 わたしは靴を履くと、扉をがらがらと開いて外に出た。わたしが中学校のころは、六星家のお父さんがライフをバックさせて、目の前まで上がってきてくれていた。あのとき五十代だったから、去年亡くなったのなら、六十代前半。仕事で粉塵を吸い込みすぎて肺が悪いと、よく自分で言っていた。幸平は二十四歳。三歳年上なのだから、当たり前ではある。
 散策に行くと言いながら足が全く動いていないことに気づき、わたしは勢いをつけて三橋家の敷地から外に出た。手と足が覚えているのに、頭がついていかない。坂を少し上がると、立派な二宮家が姿を現した。門が立派で、二宮一家は毎年この門の前で記念撮影をする。今はそこに、礼子が加わっている。
 一条家は集落を見下ろすように建っている木造の豪邸で、手前に岩場へ続く管理用道路への分岐がある以外は、袋小路だ。それ以外の裏道と言えば、川沿いに進んで管理用道路の真ん中へひょいと合流するルートぐらいで、基本的に集落は一条家で行き止まりになる。
 白く塗られた石柱に、ぎりぎり優雅に見える蔦。昔は当たり前だと思っていたけど、あの名前を継いでいるということは、今あるもの全てが最初から手に入るということでもある。なかなかの特典だ。
 なんとなく、上り方向には足が向かない。なら、散歩するといっても、どこへ行けばいいのだろう。わたしは振り返って、下り坂をゆっくり歩き始めた。歩けるようになってから高校卒業まで、何千回と見た光景。当時と比べてはっきりと違うのは、自分で働いて得た給料で手に入れたスニーカーを履いているということ。だから何かが変わるわけではないけれど、足先が掴む地面全体から『誰だっけ?』と言われているような感覚だけは、新鮮だ。地面なんて、新しい靴で蹴飛ばしてやればいいんだろう。早足で五頭家の前を通り過ぎようとしたとき、エンジン音が背後から聞こえてきて、わたしは振り返った。管理用道路から出てきた白のアクティトラックがエンジンブレーキをかけながら坂を下ってきて、前を通り過ぎると、六星家の前で左に急ハンドルを切った。幸平だ。わたしは体を低くして、停まったアクティから降りてくる人影から逃れるように、五頭家の庭に入り込んだ。
 見られた? 当たり前だ。路肩に突っ立っていたんだから。
「おい、帰ってきたんか?」
 その声を聞いたとき、記憶が蘇るついでに、足から力を奪っていった。幸平の声は、覚えているままだった。わたしは答えることなく、裏手をすり抜けた。早足で歩いている内に、いつの間にか七尾家の裏まで来てしまい、思わず辺りを見回した。がらんとしていて、扉どころか襖すら一枚も残っていない。わたしは息を潜めて七尾家の中へ入り込むと、階段を忍び足で上った。幸平がまだこっちを見ているか、気になった。そのためなら、明らかに不法侵入をしている今の自分の状態については、さほど気にならなかった。カビ臭い部屋に足を踏み入れて窓の高さまで顔を上げると、幸平は諦めたようにアクティの荷台の方向を向いていた。重そうな機械を下ろしていて、無言で黙々と作業をするその後ろ姿は、相変わらずだった。
 何の迷いもなく、廃屋に飛び込むなんて。
 かつて冒険好きだった少女は、法的に女性になっただけで、中身は全く成長していないらしい。幸平の注目から逸れたことで、今まで立ち入ったことのない七尾家に興味が湧いた。家同士の付き合いもなかったから、本当に知らないことが多い。家の中は広々としているけど、それは家具がないからだろう。畳があちこちへこんでいて、そこにタンスや棚があったということが分かる。わたしは、窓に面していない方の和室を覗き込んだ。広さは六畳ぐらいで、地面に開いた南京錠が落ちている。ぐるりと見回したとき、気づいた。部屋の隅に、白く浮かび上がるような何かがある。わたしはカーテン越しに入り込む微かな光を頼りに、目を凝らせた。なんとなく、等身大のマネキンが椅子に座らされているように見えたけど、違う。
 あるはずの、顔がない。
 白く浮かび上がっているように見えたのは、白無垢だった。結婚式で使われる和装の花嫁衣裳だ。中に人間が入っているように椅子に座った形をしているけど、顔の中身だけがすっぽりと抜け落ちたように、真っ黒だ。
 寒気がして、わたしは少しだけ後ろに引いた。人の形を保って椅子に座っているのは、中に形を保つためのワイヤーが入っているからだ。何なの? お化け屋敷のつもり? 首元に氷を当てられたような感覚は、体を一度突き抜けたはずが、居座って中々出て行こうとしない。
「何……?」
 思わず呟いたわたしは、呼吸を意識して整えた。これは、一体誰の花嫁衣裳なんだろう。なんとなく、ひと回り小さいようにも見える。傍らに置かれた藤色の書類入れに気づいて、屈みこんだわたしは、中身を開いた。
 達筆が躍っている。その文面に目を走らせてすぐに、祝詞だということに気づいた。やはり、結婚式で使われるものだ。裏にもう一枚あり、わたしは祝詞をそうっとめくった。そこには、名前が書いてあった。
 七尾春美と、五頭恭一。
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ