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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 でも、両親曰くわたしたちの代は運が悪かったらしい。実際、二人はよく『わたしらの代で、こんなことにねえ』と愚痴を言っていた。その運が悪い出来事というのは、集落で頂点に立つ一条家の長男である和樹が、岩場で足を滑らせて事故死したこと。わたしより二歳年上で、死んだときは十七歳だった。確か、わたしが中学校を卒業する年の正月明けだったと思う。特に接点はなかったから、不謹慎だけど悲しいとは思わなかった。しかし、わたしの意見とは関係なく、その日から十日ほど、一条家以外は強制的に喪に服す羽目になって、夜に明かりを点けることは許されなかった。
 ただ、一条家というのは有名で、当時わたしが通っていた二つしかクラスがない中学校でも、先生まで全員がその訃報を知っていた。
 両親曰く、過去にも何度か似たようなことはあったらしい。しばらくは、自分たちに元気な子供がいることを噛みしめるように、昔のアルバムを紐解いては、写真を眺めている時期があった。
 苦さと甘さが混ざり合う思い出の中で唯一、その味が一貫して変わらないもの。それはこの腕の傷だ。六星家。ひとりっ子の幸平は三歳上で、幼馴染。なんとなく数字で序列化された家の順番はさておき、子供のころからそういう大人の事情など関係なく、いつも一緒に遊んできた。
『どっか行こか』
 そのひと言で、どこにも行けない狭い集落の中なら、どこへでも行った。今思えば、本当にあんなに仲のいい人はいなかった。中学校のときも、六星家の古い軽自動車で、幸平のお父さんに毎日送ってもらっていたぐらいだから。
『岩場に行かん?』
 あのひと言で、一緒に行かなければ。今になって振り返ればなんとでも言えるけど、当時は断るなんて発想がなかった。わたしは高校一年生で、幸平は高校を卒業したばかり。お互い大人と同じ見た目をしていたのに、中身は小学生のように幼かったと思う。
『水門を開けたら、この集落は全滅しよる』
 幸平の声で記憶している、物騒な言葉。そんな危険なもの、見に行きたくなるに決まっている。六月で、緑が育ち切った岩場には見たこともない綺麗な景色が広がっていて、錆びついた巨大な水門があった。
『これは、うちの親父が作ったんよ』
 幸平の言葉を聞いて体を前に出したとき、わたしはバランスを崩して水門のハンドルに右腕を打ち付けた。腕がかっと熱くなるのとほぼ同時に、理解した。後ろから押されたのだと。思い返せば、今は都会に慣れてずっと昼寝している生存本能も、当時は冴えていた。幸平から離れなければならない。直感的にそう思ったわたしは、逃げた。
 家に辿り着いたとき、礼子が驚いて靴箱に体をぶつけ、その上に置いてあった鏡が粉々に割れたのをよく覚えている。出血は結構酷くて、三橋家の扉にはしばらく、わたしの血の手形が残っていた。
 幸平と一緒に遊んでいて起きたとは、誰にも言っていない。それを誰かに『密告』することの方が、当時は怖かった。
 礼子とのやり取りがぽんぽんと進む中、傷跡と直結するこの出来事だけが、引っ掛かっている。わたしは腕の怪我以来、六星家とは話していない。向こうも話しかけてこなかった。事情を知らない礼子は、男女なら子供のころは友達でも、いい年齢になってきたらお互いを意識して引いたりするものでしょと、さっぱりとした意見でまとめてくる。それぐらいの感覚でいられれば、確かに楽だ。礼子は車で迎えに来てくれると言っているし、六星家さえ近寄らなければいいのかもしれない。
 わたしは、礼子の返信にやっと目を通した。
『じゃあ、週末ね』
『うん。よろしくお願いします』
 返信は一瞬。本音は、礼子に会いたいだけ。駅前でご飯を食べて解散でいいけど、礼子は実家来訪もセットで考えているらしく、晩御飯を食べたら自動的に電車はなくなるから、泊まり確定だ。その時点で断ることも考えた。でも、腕の傷が消えた今となっては、自分のことのように喜んでくれる礼子の顔を見るためなら、実家に顔を出しても構わないかなと思えてくる。仲良し姉妹の再会なんだから、そこには一点の曇りもない。
 唯一、頭の片隅から消えないのは、やっぱり六星家のことだ。
 幸平とは、あんなに仲が良かったのに。
 この事実が、何度鋏を入れてもずっと切れない糸のように、ぐずぐずとほつれてまとわりついてくる。

 最寄り駅は、他の町のために作られたものを、勝手に『最寄り』と呼んでいるだけ。バス停の待合所は藪に埋もれていて、律儀に中で待っていたらバスは永遠に気づかないだろう。隙間なく圧縮されたように茂る山はここからでも見えるけど、あの中に新明集落があるということを示す標識は、街にはひとつもない。相当山に入ってから、廃業したオートキャンプ場の近くにある三叉路に、手書きの矢印で『新命 しんめい』という看板を見つけられなければ、辿り着かない。クリアできるのは地元民か、誤字ではないかという疑念を抱かない適当な人間。新明というのは半世紀前の水害をきっかけに当てられた漢字で、本来は『新命』と書く。その水害では、集落の名前を変えたくなるぐらいに、洒落にならない人数が死んだらしい。それからは、名前だけでなく、近づいてはならない岩場を縫うように作られた水門がその命を守っている。
 もうひとつの生命線は、駅前のスーパー。だんご岩に『嫁いだ』人間にとっては、ぎりぎりの遠出。子供のころは、数えきれないぐらい連れて行ってもらった。今みたいにお泊り用品とジャージが一式入ったリュックサックを持っていたわけでもなく、手ぶらで、もっと自由だった。礼子とわたしは、一階のレストラン街に入っている洋食屋さんがお気に入りで、両親はもっと軽いものを食べたがったけど、結局いつも、わたしたちの要求が通っていた気がする。
 今は、昼の一時をまわったところ。ロータリーから景色を見回していたわたしは、薄い青色のホンダライフが指示器を出しながら右折待ちをしているのを見て、思わず目を見開いた。礼子が運転席に座っていて、直進車の切れ目を狙いすませるように目を細めている。昔、六星家にあの車で中学校まで送ってもらっていた。信号が変わる直前に右折を済ませたライフは、ロータリーの中を迂回するように進み、わたしの目の前でハザードを焚いた。運転席から降りてきた礼子は、ところどころほつれたモスグリーンのダウンジャケットを羽織っていて、利発そうな顔つきは相変わらずだった。わたしは手を振ると、口角を上げた。
「姉ちゃん、久しぶり」
「ほんまに、久しぶりやね」
 礼子はライフのドアを何度か閉めなおすと、わたしの顔をじっと見つめた。
「三年か……、三年やで」
 そう言われると、三年しか経っていないのだという気もするし、学生で言えば高校時代に相当する年数を丸々飛ばしているのだから、ほとんど生き別れと呼んでいい気もする。
「短いような、長いような。でも、ずっと会いたかったよ」
 わたしがそう言ってライフの外観を眺めていると、礼子は察したように手を横に振った。
「お下がりってか、六星さんところ、去年お父さんが亡くなったんよ。今は幸平くんひとりしかおらんから、独り身にこんなようさん車いらんって言うてね。ほならちょうだいって、もらっちゃった」
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ