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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Cloak

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 二十一年分の、わたしの人生。いつも思うのは、他の人ならもっとうまく生きられたのではないかということ。実際、わたしがあちこちに頭をぶつけながら年を重ねている今の姿は、相当滑稽だ。だから鏡を見るたびに、この人生を所望する人がいれば明け渡しても構わないと、反転した自分の姿に言い聞かせてきた。三橋舞衣子、つまりわたしが担当を続ける意味は、あまりないよと。
 どうせなら、もっと器用な誰かに。
 もちろん、その先は知らないし、知っていたらわたしはこの世にいない。今のところ知らぬが仏を突き通せているのは、いよいよ諦めかけたとき、普段は頭の奥底で雑魚寝している生存本能が焦ったように顔を出して、小馬鹿にしたような口調でこう言うから。『死んだりしないよな?』と。そして、『知らないよ?』とか押し問答をしている内に、世間が朝と呼べるぐらいには、カーテンの外が明るくなってくる。
 今は、金曜日の夜七時。生存本能といつものやり取りをするには、だいぶ早い時間帯だ。でも、わたしは鏡の前に立って、地元にいたときのことを振り返っている。少しずつ人が減っていく山奥の過疎地。正式には『新明集落』という名前だけど、尖った岩や木の角が全て丸められて、怪我をしないように配慮されていたから、集落全体のシルエットが丸くて、『だんご岩』と呼ばれていた。今となってはありがたいことだけど、とにかく子供に対しては過保護な集落だった。
 もちろんそこには、街暮らしの人が想像する全てが、ジオラマのように入り組んで配置されていた。絶対に近寄ってはいけない岩場に、大きな家の二階にある開かずの間。誰もが一礼してから通る錆びついた鳥居に、生活排水が全て流れ込む位置に建てられた村八分の家。夜になると鏡の面を隠したり、開かずの間には巨大な南京錠がかかっていたり、都会で披露できる怖い話のストックはそれなりにある。唯一期待に添えない点があるとしたら、雪があまり降らない温暖な土地だということぐらい。
 三橋家は、集落の中では上流寄りで、それなりに大きな家を構えていた。父、母、三歳年上の姉、わたしの四人構成。二宮家に嫁いだ姉の礼子とは今でも頻繁にやりとりをするけど、両親は昔から何を考えているのかよく分からなかった。突然何も買ってくれなくなって突き放されたかと思えば、急に御馳走を毎日作ってくれるようになったり。そのサイクルは、わたしが高校生になってしばらくしてから、突き放す方に傾いたままになった。そんな実家から地続きの習慣と言えば、好物のゆず茶ぐらい。昔は母に作ってもらっていたけど、今は通販でいくらでも買えるし、お湯さえ注げばいつでも飲める。せめて湯呑みでも持って来ていればよかったけど、一緒に持って行きたかったやつは、最後の最後に誤ってヒビを入れてしまった。
 一応感謝しているのは、舞衣子という割と都会的な名前。高校を卒業してすぐ大都市に無理やり埋もれることを選んだ十八歳にとっては、名乗るハードルが低かった。暮らしについては、及第点と言える。派遣で入った会社で経理と事務を覚えて、どんな会社でも滑り込めるように資格を取り、去年ようやく正社員に迎えられて、ありがたく事務員を続けている。服は着崩すことなく、前髪の分け目は測ったように同じ位置で、黒髪。隙がないと思われているのか、仕事中はあまり話しかけられない。
 そんな感じだから、もちろん交遊関係も狭い。休日遊びに行くのは、派遣でそのまま辞めてしまった同期の女の子ぐらい。部屋には、ひとり分の家事を全部こなせる代わりに、人を呼んだら一瞬でキャパオーバーになる調理器具と、ノートパソコンと、テレビと、デジタルカメラ顔負けの性能だけが突出した、最新型のスマートフォン。いわば、都会のおひとり様セット。羽根はできるだけ小さく広げて、飛ぶのも最小限にしてきた。
 これからは、少しずつ変わっていくのだろうか。
 鏡に映る、反転したわたし。真冬なのに暖房を強くかけて、半袖のTシャツを着ている。
 自分のお金で半袖のシャツを買うのは、初めてのことだ。少なくとも、十六歳の時から半袖を着たことはない。理由は、右腕に絡みつく蛇のような傷跡。長さは二十センチほどで、深くはないが切り傷であることには違いないし、なにより目立つ。去年の夏、正社員登用のセルフお祝いで、傷跡を消す手術をした。それからは、こっちが蛇になったみたいに、傷跡が目立たなくなる日をずっと待ってきた。そしていよいよ、部屋の光を当ててもそこに傷があったことすら、分からなくなった。半袖と真逆の季節にデビューする間の悪さは置いといて、Tシャツを着たわたしの姿は、それなりにくだけていて、悪くないのではとすら思えてくる。
 そして、さっきから感想をせっつくようにスマートフォンが何度か震えている。腕の傷の件は、礼子にだけ相談していた。実際、そもそものきっかけは『腕の傷、治したいね』という礼子の何気ないひと言で、その言葉で世界が大きく開けるまでは、わたし自身は傷と一生付き合う気でいた。彼氏なんかいないし、今後もいないよと突っぱねてきたのも、この傷のことがあったからだ。
『そろそろ、半袖いけるかも』
 そう送ったのは、さっきショッピングモールでTシャツを買ったときだ。わたしはスマートフォンを手に取ると、鏡に映る自分の写真を撮ってから、SMSを開いた。
『妹よ、写真をおくれ』
 姉妹だからお見通しなのかもしれないけど、ほとんどこっちの行動が見えているみたいな正確さだ。わたしが写真を送ると、すぐに返信が届いた。
『感激』
『これでなんか、帰れる気がしてきたよ』
 礼子とは、三年会っていない。地元を出た最初の夏に一度、だんご岩の外で会おうかという話になったけど、ちょうど二宮礼子になるタイミングだったから、話は流れてしまった。
 なぜなら、だんご岩の中で嫁いだ人間は、基本的に死ぬまで外へ出て行かないから。
 小学校を卒業するぐらいまでは『へえー』と思っていた。そして、中学校から高校にかけては、そのことを忘れていた。怖くなったのは、礼子が本当に二宮家の長男と結婚したときだった。記憶している限り、銀縁眼鏡をくいくい引き上げている真面目なタイプ。こうやってやり取りをしていると礼子は変わっていないと思えるのだけど、当時は家に呑まれたような気がして、落ち着かなかった。もうSMSの返信は届いているけど、超能力者のようにわたしのことを理解している礼子なら、その内容は『結婚生活は意外と怖くないよー』だろうか。
 もちろん、だんご岩から出て行けないというのは、集落の一員であり続けたい場合に限られる。その証拠に、五頭家や七尾家は廃屋だけが残っている。五頭家の人間は代々病弱で、一男一女の四人家族だった。確か、長男の恭一は中学校を卒業する前に亡くなっている。母は『あの家は、もっと病院の近いところやないとねえ』と言っていた。そういう事情があれば、綺麗さっぱり出て行くことも可能なのだろう。運が良ければ。
作品名:Cloak 作家名:オオサカタロウ