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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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審問官第二章「杳体」

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――甲さん、原初的なる世界観が、この方が言ふ《杳体》といふ事ですの?
――いえ、原初的な世界観は、唯、《杳体》の《存在》を暗示するのみです。つまり、現在、此の世に《存在》する森羅万象は己がどうあっても世界に《存在》してしまふ事で世界認識せずにはをれずに必ず抱かざるを得ぬ世界観とは、《吾》を「超越」する《杳体》を朧に暗示する《もの》であり、それはBig bangの時の未だCP対称性の破れ以前の、物質と反物質が共存する、否、それでは誤解を与へますね、つまり、Big bangが起きる以前の《存在》が《杳体》の尻尾なのです。
――甲君、それは全く矛盾してゐるぜ。Big bang以前の《存在》って、一体何なのさ? それは《存在》の範疇には入らない、《存在》以前の、つまり、何《もの》も未だ《存在》しないといふ事に過ぎず、其処に、つまり、Big bang以前の世を持ち出す事は、《存在》の全否定でしかないぢゃないかね?
 と君が言ふと、甲君が、
――だから、《杳体》なのさ。此の世の全《存在》の全否定にこそ、《杳体》へ通じる糸口があるんぢゃないかな。
 すると雪が、
――では、甲さん、甲さんはBig bang以前に此の世ならぬ別の世界は《存在》してゐたとお考へですの?
――はい。此の世が《存在》してゐるのであれば、此の世が《存在》する以前の、つまり、Big bang以前に此の世ならぬ別の世が《存在》する事に何の矛盾もありません。正直に言へば私にすればそんな事はどうでも構はないのです。唯、Big bang以前の、此の世とは全く異なる世界が《存在》してゐたとすれば、その別世界に《存在》しちまった《もの》が、己の《存在》に関して自問自答を繰り返せば、それは、現在《存在》する森羅万象とは全く違った思惟形式で《存在》が問はれる事になり、私は、その思惟形式によって自問自答された《存在》といふ《もの》の思惟にのみに関心があり、其処に多分、《杳体》の尻尾があるに違ひないのです。つまり、如何なる世界でも《存在》しちまった《もの》は、その《存在》について自問自答を始め出さずにはをれず、そして、その思索は必ず《杳体》の《存在》を暗示する《もの》でなければ、その思惟は誤謬でしかないのです。
――甲よ。すると、この「黙狂者」が言ふ《杳体》はお前の考へに照らせば、《存在》に関する思索が必ず到達するに違ひない着地点こそがその《杳体》といふ事かね?
 と、猊下たる丙君が微笑みながらも鋭き眼光で甲君を凝視しながら、訊いたのであった。すると、雪が、
――丙さん、丙さんは《杳体》をどう思ってゐるのですの?
――さうですねえ……、まあ、面白い思惟の形式には違ひないのですが、《杳体》は森羅万象の自同律の不快を全て呑み込むといふ事で、私には余りにも曖昧な《もの》なのです。《存在》は、己が何《もの》かを認識する以前に既に《存在》してしまってゐるのです。その事実は動かしやうがありません。思惟が生まれる前に、既に《存在》は《存在》してゐるのです。その現実に互角に亙り合へる、換言すれば、此の現実に直に対峙出来ない《存在》に関する思惟は、私には舌足らずで未完の思惟でしかありません。その筆頭が《杳体》なのです。
――それでは、虚体が虚体を仮象する事に、丙さんは何の魅力も見出せないといふ事ですわね?
――いや、雪さん、私は、現実といふ《もの》の在り方に対抗出来る《存在》の形式に虚体は否定しませんし、むしろ、積極的に虚体を認めます。そして、虚体には無視し難い魅力があります。然しながら《杳体》と言へばその虚体すらをも呑み込むといふ、言ふなれば曖昧模糊とした《もの》、そして、曖昧模糊とした思惟でしかないので、今の処、私は《杳体》に関しては、その判断を保留してゐます。
――すると、丙さんもまた、《杳体》には魅せられてゐるのですわね?
――はい。恥ずかしながらその通りです。《杳体》は、この「黙狂者」が言ふ《杳体》は、《存在》が必ず陥る宿命にある自同律といふDilemma(ジレンマ)に対する一つの解答を与へるかもしれないとは思ってゐます。
――まあ、丙さん、丙さんが、一番の《杳体》の信者ぢゃありませんか! うふっ。
 雪はさう言ふと、煙草を一服深呼吸をするやうに飲み、そして、
――ふ~う。
 と煙を吐いたのであった。
――丙さん、丙さんは、自同律とは《吾》といふDilemmaに陥る外ない《もの》とお考へですの?
 と、雪が可愛らしい仕種で煙草を人差し指と中指で挟みながら尋ねたのであった。
――はい。《一》=《一》が成立する《世界》は幻でしかないのです。つまり、此の世は一つとして同じ《もの》は《存在》しない、多様な《世界》といふ事です。
――うふっ。すると丙さんは抽象といふ事は取るに足らぬ《もの》と看做してゐるのですの?
――いえ、そんな事はありません。尤も《一》=《一》が成立する抽象化された《世界》の世界認識の仕方、若しくは世界観を、「現存在」を初めとする此の世の森羅万象は、余りにも安直に現実に当て嵌めてゐる事に、私は、否を唱へてゐるだけです。
――つまり、丙さんは数学、いえ、数理物理の成立する《世界》を否定なさるといふ事ですの?
――いや、否定はしませんし、私は、数理物理は積極的に支持します。しかし、抽象化と具体化には、つまり、理想と現実の間には、跨ぎ果せぬ断絶があるといふ事を言ってゐるのです。例へばそれは、《吾》=《吾》が一時も成り立たない事、つまり、自同律が不成立だといふ事実を物理数学は余りに軽視し過ぎてゐるのです。
――あら、丙さん、例へば、《吾》=《吾》が成り立たない時とはどんな時ですの?
――雪さん、全宇宙史を通して《吾》=《吾》が成立した事はないのです。
――え! また、それはどうしてですの?
――此の世が諸行無常故に、《吾》がその《存在》において、一時も同じ《吾》であった例はありません。
――それぢゃ、丙君、《杳体》において、《吾》=《吾》は成立すると思ふかい?
 と甲君が容喙すると、
――ふむ。《杳体》における《吾》か……。多分、《杳体》において初めて《吾》は、《吾》であり得る事が可能で、つまり、《吾》=《吾》が成立するかもしれぬが、しかし、甲よ、そもそも《杳体》の摂理とは想像するに、どんな《もの》だと思ふ?
――甲さん。私も訊きたいわ。
 と、雪が言ふと、甲君がにたりと笑ひ、
――へっ、正直に言ふと、私にも解かりません。しかし、《杳体》は《存在》がそれが何であれ、《存在》が《存在》しちまふならば、全て一様の《存在》の有様に収束させて《存在》を把捉出来る《存在》の汎用化が成立する、奇妙奇天烈なる《世界》、その《世界》は恒常不変な《世界》に違ひないと思ひますが、その奇妙な《世界》の摂理に《吾》は恍惚の態で自同律の快楽に耽溺すると思ひます。
 と言ったのであった。すると丙君が鋭き眼光を放つ目を甲君に向けて、次のやうに言ったのであった。