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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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審問官第二章「杳体」

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 と雪は目を爛爛と輝かせて丙君に訊いたのであった。多分に、雪はこれまで男に対して鬱屈してゐた思ひを吐き出す快感の中にゐるやうに伸び伸びとし始めたのであった。すると、横から甲君が、
――《神神》が『《吾》とは何ぞや?』といふ自同律の陥穽に落っこちるのは勝手だが、それが吾吾の《存在》に対して豪(えら)い迷惑をかけてゐるって事を《神神》は一貫して知らぬ存ぜぬで済まさうとしてゐるのかね?
――さうねえ。《神神》も己の事で手一杯で、そのとばっちりを此の世の森羅万象は受けている筈だわ。
――例へば?
 と甲君が雪に訊くと、
――例へば《神神》が『《吾》とは何ぞや?』といふ自同律にあるとするならば、此の世の森羅万象も《神神》の自同律に芽生える不信の目に無理矢理付き合はされてゐるに違ひないからだわ。
――さて、それ以前に自同律の陥穽に落っこちてゐる《神神》って何なのかね?
 と、甲君が丙君に尋ねたのであった。
――此の世さ。
――え? 此の世?
――さう。此の世の森羅万象が自同律の陥穽に落っこちた《神神》の懊悩の正体さ。
――《神神》の懊悩? つまり、《神神》もまたその《存在》において懊悩する《存在》の業から遁れられぬといふ事だね。
――いや。例へば此の宇宙を《神神》の頭蓋内の闇、この「黙狂者」君の言葉を借りると《五蘊場》とすれば、何となく、此の世の森羅万象の意味する処が見当付く筈だがね。
――成程。君もまた、この「黙狂者」の《杳体御仁》に感化されてゐるのは知ってゐるが、ならば、吾等の《存在》とは《神神》の夢、若しくは表象といふ事かね?
――多分な。
――へっ、多分か。所詮、何《もの》も、此の宇宙が出現せずにはをれなかったその因に辿り着けやしない。それが《神神》であってもだ。
――すると、此の宇宙が出現する以前に《神神》すら《存在》してゐなかったとでも言ひたいのかね?
――ああ。唯、《吾》に為らうと欲する《念》が、此の宇宙の出現以前にあったのさ。
――それもこの「黙狂者」の《杳体御仁》の受け売りぢゃないかね?
――さうだが、しかし、私もこの「黙狂者」の《杳体御仁》の考へを認めるしかないと観念したのさ。
――つまり、君の試行錯誤が全て水泡に帰しちまっただけだらう?
――唯、全てを《神神》に帰す事が馬鹿馬鹿しくなったのさ。
――つまり、《神神》に対する猜疑だらう?
――さう。
――しかし、そんな事は既に此の世に《存在》する《もの》はそれが何であらうが、気付いてしまった事実だらう。つまり、簡潔に言へば、その正体は現実と言ふ事さ。
 すると、雪が甲君に、
――甲さん、現実が《神》に対する不信を、そして現実がある故に《神神》が己に対しての猜疑を生む動因といふ事ですか?
――さう。全ては現実に収束するのです。
――現実に収束するとは一体何の事を仰ってゐるのてすか、甲さん?
――約めて言へば、元元無限個あった筈の《世界》が、数列などで見たことがあると思ひますが、0→∞で《一》なる《世界》、つまり、現実に収束するのです。否、現実に収束しなければ、此の世は一時たりとも《存在》出来ぬのです。
――さうしたならば、現実には無限個の現実の位相が減衰した末に出現する唯《一》なる《もの》こそ《一》なる《世界》に収束するといふ事ですの?
――ふむ。
すると、
――それはさう考へてもいいでせう。
 と猊下たる丙君が言ったのであった。
――さうですね、雪さんの考へ方に一理ありますね。0→∞と《世界》の極限を求めた結果が、此の現実であるといふのは、十分あり得る考へ方です。
 と、数学専攻でブレイク好きの乙君が念を押したのであった。
――すると、此の宇宙が出現する以前には無限個の宇宙未然の何か、それを甲さんもこの方も《念》と呼んでゐますが、その《念》といふのは、《吾》に為るべく《念》が《存在》してゐたといふ事かしら、甲さん?
――へっへっへっ、惜しいですね、雪さん。《吾》に為るべく《念》は此の宇宙が出現しても残されたまま、未だに何《もの》によってその正体が解からない《もの》として此の現実に現存してゐる難問なのです。
――すると、《吾》といふ《念》は此の宇宙誕生以前の名残といふ事ですね!
――はい。さうなのです、雪さん!
――それですと、《神》以前に《念》は確かに《存在》してゐたといふ事ですわね。すると、《念》は宇宙誕生の引き金を引いたといふ事でいいのかしら、甲さん?
――《念》は本来、永劫に自同律の陥穽に落っこちたままであったに違ひないのですが、不意にその自同律の陥穽に落っこちた《念》に《吾》が芽生え、そして、《吾》に猜疑が生まれてしまったのです。さうでなければ、此の宇宙が誕生する必然はなかった筈です。しかし、自同律の陥穽に落っこちた《念》は不運にも《吾》とともに∞といふ《もの》を見つけてしまったのです。と、その刹那、此の宇宙はBig bangを起こしちまったと私は考へてゐます。
――その∞が《神》かね?
 と、丙君が甲君を眼光鋭くぎろりど睨んで訊いたのであった。
――さあ、それは何とも言ひ難いな。
――でも甲さんのご意見を伺ってゐると、丙さんの仰る通り∞が《神》ぢゃないとをかしいですわ。
 と、雪が言ったのであった。
――うぅぅぅぅあぁぁぁぁああああ~~。
 私は雪たちの会話を聞きながらも相変はらず私の見ず知らずの他人の《霊》の声に為らざる声の呻吟をぢっと聞いてゐる外なかったのであった。吾が虚空を飛翔する其の人は、しかし、その時ににたりと笑ひ、そして、むくりと頭を擡げて、暫く私を凝視してから、
――有難う。
 と、その口の動きから読み取れる声に為らざる声で私に語りかけ、また、その黄金色に淡く輝く顔に微笑を浮かべたのであった。
――では、《神》が∞である事に雪さんは我慢出来ますか?
 と甲君が雪に訊いたのであった。すると、雪は、
――我慢なんて、私、これまで考へた事もなかったわ。唯、《神》は∞を手懐けてゐる《存在》、いいえ、此の世の森羅万象から超越した何かだとしか考へてゐませんでした。しかし、《神》の問題は、本当の処、《念》とどう関はるのですか、甲さん?
――《念》は∞次元多様体においてのみその姿形が現はれるのです。
――∞次元? この方も先程、∞次元といふ事を持ち出して《個時空》のカルマン渦でしたか、その渦を物理数学で表はすには∞次元の《存在》なくしてはあり得ぬと説いてゐましたが、甲さんの仰る∞次元は、この方の受け売りなのですか?
――いいえ、雪さん。《杳体御仁》の「黙狂者」君は、渦は物理数学的に表記するには∞次元を想定しないと無理だと言ってゐる筈ですが、私が言ふ∞次元は、《念》といふ《もの》を考へる上で∞次元の《存在》を考へるのが最も妥当だとの思ひに至った故の事です。
――すると、《念》もまた渦の一種ですの?
――ふはっはっはっはっ。雪さんはお解りのやうですね。面白い! 私も《念》を渦に結び付けて考へはしましたが、何せ、∞の事ですので有限なる《吾》たる私にはちゃんと合点がゆく概念は、今の処、捻出出来ず仕舞ひです。