審問官第一章「喫茶店迄」
さて、そこで君にお願ひがある。雪は寺を出た後、その悔恨に悶絶する程苦悩し続ける事になるが、君は雪の良き理解者となつて、雪の「愚痴」の聞き役になつてくれ給へ。お願ひする。さうする事で君達に起こるであらう艱難辛苦も乗り越へられ、私も浄土で安らげるといふものさ。重ね重ね宜しく頼むよ。
話を戻さう。
ところで、古本屋街を漫ろ歩きしてゐた私と雪との間には、雪がぽつりぽつりと一方的に私に話す以外殆ど会話は無かつた。
沈黙……。Salonの仲間とは違つた心地よさが雪との間の沈黙にはあつたのだ。互ひが互ひを藁をも縋る思ひで「必要」としてゐた事ははつきりとしてゐたので、多分、雪と私の間には――他人はそれを《宿命》とか《運命》とか呼ぶのだらうが――互ひに一瞥した瞬間に途轍もなく太い《絆》で結ばれてしまつたのは確かだ……。
…………
…………
――ねえ、この古本屋さんに入りましよう。
少し強めに雪に握られた右手首を通して、雪の心の声が聞こえて来たのであつた……。
その古本屋は雪の馴染みの古本屋だつた。少し強めに握られてゐた私の右手首から不意に雪は手を離し、雪にはお目当ての本の在り処が解つてゐたのだらう、私を古本屋の入り口に残したまま一目散に其方に向かつて歩を進めたのであつた。
その古本屋は、東洋の思想、哲学、宗教、神話等等の専門の古本屋だつた。
雪に取り残された私は、その古本屋内の仏典の本棚に向かつてゆるりゆるりと歩を進めたのであつた。
私は唐三藏法師玄奘譯(たうさんざうほふしげんぢやうやく)の般(はん)若(にや)波(は)羅(ら)蜜(みつ)多(た)心(しん)經(ぎやう)が、その時どうした訳か無性に読みたくなつたのであつた。
「觀自在菩薩。行深般若波羅蜜多時。照見五蘊皆空。度一切苦厄。
舍利子。色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。
舍利子。是諸法空相。不生不滅。不垢不淨不增不減。
是故空中。無色。無受想行識。無眼耳鼻舌身意。無色聲香味觸法。無眼界。乃至無意識界。
無無明。亦無無明盡。乃至無老死。亦無老死盡。無苦集滅道。無智亦無得。
以無所得故。菩提薩埵。依般若波羅蜜多故。心無罣礙。無罣礙故。無有恐怖。遠離顛倒夢想。究竟涅槃。
三世諸佛。依般若波羅蜜多故。得阿耨多羅三藐三菩提。
故知般若波羅蜜多。是大神咒。是大明咒是無上咒。是無等等咒。能除一切苦。真實不虛故。
說般若波羅蜜多咒即說咒曰
揭帝揭帝 般羅揭帝 般羅僧揭帝菩提僧莎訶
般若波羅蜜多心經」
訓み下し
「觀自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまへり。
舎利子、色は空に異ならず、空は色に異ならず。色はすなはちこれ空、空はこれすなはち色なり。受想行識もまたまたかくのごとし。
舎利子、この諸法は空相にして、生ぜず、滅せず、垢つかず、浄からず、増さず、減ぜず、この故に、空の中には、色もなく、受も想も行も識もなく、眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、色も声も香も味も触も法もなし。眼界もなく、乃至、意識界もなし。無明もなく、また、無明の尽くる事もなし。乃至、老も死もなく、また、老と死の尽くる事もなし。苦も集も滅も道もなく、智もなく、また、得もなし。得る所なきを以ての故に。菩提薩埵は、般若波羅蜜多に依るが故に心に罣礙(けいげ)なし。罣礙なきが故に、恐怖ある事なく、一切の顚倒夢想を遠離し涅槃を究竟す。三世諸佛も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三(あのくたらさんみやくさん)菩提(ぼだい)を得たまえり。故に知るべし、般若波羅蜜多はこれ大神咒なり。これ大明咒なり。これ無上咒なり。これ無等等咒なり。よく一切の苦を除き、真実にして虚ならず。故に般若波羅蜜多の咒を説く。すなはち咒を説いて曰く、
羯諦(ぎやてい) 羯諦(ぎやてい) 波羅羯諦(はらぎやてい) 波羅僧羯諦(はらそうぎやてい) 菩提娑婆訶(ぼじそはか)
般若心經」
……くわんじざいぼさつ ぎやうじんはんにやはらみつたじ せうけんごうんかいくう どいちさいくやく……と、真言を頭蓋内で読誦(どくじゆ)しようとしたが、「觀自在菩薩」の文字を見ると最早私の視線は「觀自在菩薩」から全く離れず「觀自在菩薩」の文字を何故にかぢつと凝視したまま視線が動かなくなつたのであつた。
『觀自在菩薩……何て好い姿をした文字だ……くわんじざいぼさつ……音の響きも好い……何て美しい言葉だ……』
不図気付くと、私の目に張り付いてゐた先程来の業火が私の視界の隅に身を潜めてゐるではないか。目玉をぎよろりと出来得る限り回転させると、やつと視界の境に業火が見えるではないか。
『これも……《觀自在菩薩》……といふ文字の……御蔭か……』
私はゆつくりと目を閉ぢ、瞼が完全に閉ぢられた瞬間に姿を現す勾玉模様の光雲と業火を見つつ胸奥で何度も何度も……『觀自在菩薩』……と唱へたのであつた。
暫くすると、雪が私を見つけて私の右肩をぽんと叩いた。
――これ、どう?
雪が私に見せたのは陰陽五行説の陰陽魚太極図であつた。
――あなたの目には、今、勾玉が棲み付いてゐる筈よ。何故だかあなたの事が解つてしまふのよ。それに業火もね、うふつ。
雪が微笑んだ顔は何か不思議な力を秘めてゐるやうで、雪が微笑んだ瞬間、辺りは一瞬にして《幸福》に包まれてしまふかの如くに私には思へたのであつた。
――あなたには陰陽魚太極図の意味が解るわね。さう、《宇宙》よ。……わたし、哲学を、それも西洋哲学を専攻してゐるけれども……西洋哲学の《論理》が今は虚しくて仕様がないの。……特に弁証法がね……虚しいのよ。……私の勝手な自己流の解釈だけれども……正反===>合が何だか自己充足の権化のやうな気がして気色悪いのよ。西洋の哲学者……特にヘーゲルが、何故かはその理由が説明できないのだけれども……何処かNarcist(ナルシスト)に思へて仕様がないの……これぢやあ……西洋哲学専攻者としては失格ね、うふつ。
…………
…………
君も知つてゐるやうに私は、筆談するとき《つまり》と先づ書き出さないと筆が全く進まないのは知つてゐるね。この時も勿論さうだつたのさ。私は常時携帯してゐるB五版の雑記帳とPenを取り出して、雪と極極自然に筆談を始めたのであつた。
――つまり、ヘーゲルには、つまり、陰陽魚太極図の目玉模様が、つまり、陰中の陽と、つまり、陽中の陰が、つまり、無いんだよ。つまり、それで君は、つまり、ヰリアム・ブレイクを、つまり、読んでゐたんだね。
――さう……。
君にも教へておかう。雪は直感的に何故私が《つまり》を連発するのか解つたが、私の当時の思考は堂堂巡りをする外ない《渾沌》の只中にあつたのさ。或る言葉を書き出すときその言葉を頭蓋内から取り出すには、一度思考を頭蓋内で堂堂巡りを、つまり、思考を一回転させないと最初の一語が出て来ず仕舞ひだつたのだ。ストークスの定理は知つてゐるね。その当時の私の思考の有様は正にストークスの定理を地で行つてゐたのさ。
「ストークスの定理」
作品名:審問官第一章「喫茶店迄」 作家名:積 緋露雪