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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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審問官第一章「喫茶店迄」

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――つまり、この絵には人間《存在》の業が集約されてゐる。つまり、ブレイクはどうあつてもこの世界の謎を、つまり、何としても解き明かし、つまり、認識し尽くしたかつたに違ひない。つまり、その結果として、つまり、必然としてブレイクは世界創造の神話的な物語風の詩を、つまり、書かざるを得なかつたのさ。つまり、此の世は封印された無限の上に築かれた泡沫の夢さ。
――この絵が泡沫の夢? う~ん、さうかもしれないわね。此の世が泡沫の夢であるが故にこの峻厳な絵で世界の開闢を刻印したのね。
――さうかもね。つまり、ブレイクにとつて無限の封印を解いて、つまり、世界の開闢を宣告するにはこの絵のやうな、つまり、神話的な人格の具現でしか表現できなかつた。つまり、それは神とも呼ぶべき《存在》の創出さ。つまり、初めに神ありき。つまり、基督教が支配する世界では全てが神から始まつてゐる。
――さうね……。でもそれつて結局のところは、主体のごり押しに終始するんぢやないかしら。
――さう、つまり、神は主体の理想から一歩も抜け出られない。つまり、それが神の物語たる神話であらうが預言であらうが聖書であらうが、つまり、主体自らの手で徹頭徹尾書き記さずにはゐられない。つまり、それは詰まる所、つまり、神に託(かこつ)けて主体がしやしやり出ずにはゐられない哀しい《存在》なんだ、つまり、主体はね。つまり、主体は世界の中心に《存在》する事になる。しかし、これは、つまり、ある意味主体に苦悩しか齎さない。つまり、《無》がない事の不自由さとでも言つたらいいのかな。つまり、それは主体の暴走を《絶対存在》を創造する事で主体自ら呪縛する外ない。つまり、其処にはそれはそれは深い深い懊悩が隠されてゐる筈さ。つまり、そこにもし神といふ《存在》がなかつたならば、つまり、主体は、つまり、未来永劫救はれない。つまり、徹頭徹尾主体が主体の主人といふ事は、つまり、それはある意味地獄絵図だ。つまり、それを見ないための基督の磔刑像さ。そして、つまり、其処に残されるのは、つまり、自堕落で憐れな自己が現出するのみさ。ふつ、つまり、自己実現出来たらそれで仕舞ひのちつぽけな主体が其処に《存在》するだけだ。つまり、これは矮小化されてはゐるが、つまり、他力にも通じるところがあるんだが、絶対の神の思し召しによるといふ、つまり、絶対的な神に抱かれ高みに昇る信仰がなければ、つまり、主体は主体を超克なんぞ出来やしない。
――他力? 基督教にも他力の要素はあると思ふの? 
 私は其処で軽く頷いたのであつた。
――つまり、其処には大いなる矛盾があるんだが、つまり、彼等は一方で絶対の神への信仰を抱きながら、つまり、一方で主体絶対主義といつたら良いのか、つまり、地上の王は主体なんだ。つまり、それは懊悩以外齎さない。つまり、《無》を、《無》といふ《無限》を認めない不自由極まりない《存在》として、つまり、主体は此の世に《存在》しなければならぬ。つまり、それは哀れだよ。
――哀れ? 
――さう、哀れさ。つまり、其処で他力のやうに絶対の神に身を委ね、つまり、一時の平安を得てゐるのさ。つまり、これは哀れとしか言いやうがない。
――――ううううああああああああ~~。。
 私は暫く口を噤み瞼を閉ぢて、瞼裡の虚空と赤の他人の彼の人を凝視したのであつた。しかし、それも一瞬の事で、私は再び目をかつと見開きMemo帳にかう記したのであった。
――つまり、基督に全てをおつ被せて、自身は平安の安息の中に安らぐ矛盾を、つまり、矛盾と気付かずに、つまり、主体絶対主義の下に生きる。つまり、僕からすると、つまり、そんな生き方は哀れ以外の何物でもない。
――でも、平安が得られるのであれば、それはそれで幸福なんぢやないかしら。
――さうだね。つまり、神に抱かれての平安は、つまり、それはそれで幸福だ。しかし、このブレイクの絵に平安はあるかな? 
――これつぽつちもないやうに見えるけれど……。
――つまり、恐怖を感じないかい? つまり、胸に突き刺さる恐怖を? 
――う~ん、さうね、さう言はれればこの絵は恐怖を掻き立てるかもしれないわね。
――つまり、恐怖がなければ主体は、つまり、増長する馬鹿な生き《もの》だ。つまり、主体が主体を統治する装置として、つまり、恐怖は必須の条件さ。つまり、多分、ブレイクには、つまり、平安はなかつたんぢやないかな。
――どうしてさう思ふの? 
――つまり、ブレイクにとつて自身は、つまり、度し難い、何とも名状し難い《存在》だつたやうな気がするのさ。何となくだけどもね。
――弁証法ではどうしようもないものをブレイクは見てしまつたやうな気がするの。
――つまり、無限さ。
――無限ね……。
――つまり、ブレイクにとつては初めに無限ありきのやうな気がするんだ。つまり、先づは無限を何としても鎮めない事には、つまり、一歩も主体は前に進めない。つまり、有限が無限を退治する苦悩――これはどう仕様もない! 
――有限が無限を退治する苦悩? 
――さう。つまり、主体はどう足掻いても有限だ。つまり、初めにLogos(ロゴス)があつてしまふ西洋において、ブレイクは、つまり、自身の身の置き所がなかつたんぢやないかな。つまり、だから、ブレイクの作品は絵巻物のやうに言葉と絵が混在してゐる。つまり、ブレイクにとつてはさういふ形式しか取りやうがなかつた。
――さうね。私もさう思ふわ。
――つまり、絵に無限を閉ぢ込める。しかし、
 と、私はここでMemo帳から目を上げ、表向きはぼんやりと本棚の画集群の背表紙を眺めながらも内部に拡がつてゐる虚空を凝視し、暫く沈思黙考したのであつた。
――――ううううああああああああ~~。。
 暫くすると雪が、
――渾沌……。陰陽魚太極図……。ブレイクの無限を閉ぢ込めた火の玉の卵殻の形をした絵は陰陽魚太極図に通じてないかしら? 
 と言つたので、私は軽く頷いたのであつた。そして私は蛍光燈の明かりをぼんやりと眺めながら、無限について思ひを巡らせたのであつた。

…………
…………
 
 ねえ、君。無限について思ひを巡らすなんて愚かな事だね。
 例へば、
――無限とは何ぞや? 
 と自問自答したところで何にも出て来やしない。無限は無限のまま、相変はらず有限の主体をせせら笑つてゐる。しかしだ。有限の主体はそれでも無限を問はざるを得ない哀しい生き《もの》だ。
 尚も、
――無限とは何ぞや? 
 と主体は自問自答を敢へてするしかない。哀しいね……此の世に《存在》する森羅万象は……。

…………
…………
 
私はブレイクの絵を一瞥しては瞼を閉ぢ、そして、陰陽魚太極図を脳裡に思ひ浮かべては黙考を繰り返すのであつた。雪もまた暫く何かに思ひを巡らし沈思黙考してゐるのである。
 すると不意に私の頭蓋内の闇の中に、
――人は麺麭(ぱん)のみに生きるに非ず……。
 といふ声が厳かに響き渡つたのであつたのであつた。私はゆつくりと瞼を開け、ブレイクの絵を凝視したのであつた。
――人は麺麭のみに生きるに非ず……。

…………
…………