小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

審問官第一章「喫茶店迄」

INDEX|24ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

 と雪は四枚の絵に見入るのであつた。雪の腕組みをしたその物腰は、傍から見てゐると見惚れる程に優麗で雪の心の美しさが自然と表れてゐるやうにしか見えなかつたのである。蛍光燈の明かりの下で改めて見る雪は実際に美しかつたのであつた。
――それにしてもこの四作品は凄いはねえ。
 と雪は嘆息したのであつた。さうである。この四人の作品はいづれ劣らず傑作ばかりであつた。雪が嘆息するのも無理からぬ話である。
――う~ん、私には良く解らないわ。唯、いづれの作品も凄いといふ事だけは解るけどもね。
――つまり、先づ、ヴアン・ゴツホの「星月夜」だけど、つまり、これは主観の世界かい? つまり、それとも客観の世界かい? 
――さうねえ、徹底した主観の世界だとは思ふんだけども……。
――つまり、さうだとすると、つまり、ヴアン・ゴツホは敬虔な基督者だけれども、つまり、この作品の創造主は神だと思ふかい? つまり、それともヴアン・ゴツホ本人だと思ふかい? 
――えつ! いきなりの質問ね。多分だけれどもね、この作品の創造主はきつと神よ。さうに違ひないわ。ぢやないと、ゴツホがこの絵を描き上げる前にゴツホ自身が滅んでゐるんぢやないの?  
――さうだね。つまり、この作品の世界の創造主は、つまり、ヴアン・ゴツホぢやなく、つまり、やはり神だと僕も思ふ。けれども、つまり、この渦巻く夜空は、つまり、どうした事だらう? 
――ゴツホには此の世の真理が朧げながら見えてしまつてゐたんぢやないかしら……。可哀相に! 
――つまり、此の世の真理に、つまり、朧げながらも触れてしまふ事を、つまり、君も可哀相だと、つまり、哀しい事だと思ふのかい? 
――ええ、私はさう思ふの。といふよりも、さう思へて仕方無いのよ。自分でもそれが何故だか解らないんだけれども、此の世の正覚者は全て大悲哀を背負つてゐるとしか思へないのよ。何故だか自分では解んないんだけどもね、うふふ。
――すると君は、つまり、このヴアン・ゴツホの作品は哀しい作品に、つまり、思へるんだね。
――ええ。
――つまり、僕もそれには、つまり、同感だ。
――――ううううああああああああ~~。。
――なぜかしらねえ? 此の世に《存在》する事自体が悲哀だと思つてしまふの。私の悪い癖ね。でも、悲哀が《存在》の原形質の一つだと思うのよ。
――つまり、この絵は途轍もない切迫感が、つまり、迫つて来るよね。つまり、この絵はこの世界を創つた創造主への、つまり、ヴアン・ゴツホなりの問ひ、つまり、それもヴアン・ゴツホの全《存在》をかけての、つまり、痛切な問ひだつたんぢやないかと思ふんだがどうだい? 
――問ひねえ……。其処には自身の《存在》に対する疑念が含まれてゐたのかしら。
――しかし、つまり、ヴアン・ゴツホには、つまり、夜空がこの様にしか見えなかつたんだらう。つまり、其処迄ヴアン・ゴツホは追い込まれてゐた。つまり、其処には底知れぬ諦念があつた筈だよ。
――諦念? 何に対する諦念? 
――つまり、自身の《存在》に対する諦念! つまり、多分、ヴアン・ゴツホは己の《存在》を呪つてゐた筈だ。つまり、生涯でたつた一枚の絵しか売れなかつたヴアン・ゴツホが、つまり、それでも創作活動を続けた、つまり、その途轍もない原動力は、つまり、己の《存在》に対する、つまり、呪詛以外あり得なかつたんぢやないかな。つまり、そんな己を《存在》させた、つまり、神への問ひしか、つまり、最早、つまり、ヴアン・ゴツホには残つてゐなかつたに違ひない。
――その問ひは、懊悩に懊悩を重ねた末の最後の一縷の望みを此の世に繋ぎ止めるための呻きに近かつたんぢやないかしら? 
――つまり、それでも神に、つまり、問はずにはゐられなかつたヴアン・ゴツホは、つまり、途轍もなく哀しい《存在》だね。つまり、荒涼としたヴアン・ゴツホの内界を、つまり、神にぶつけてみて、つまり、神の答へ、つまり、それがこの「星月夜」だつたんぢやないかと思ふ。つまり、夜空で渦巻く、つまり、月や星星は、つまり、ヴアン・ゴツホの《存在》を映したものに違ひないと思ふがね。つまり、渦を巻く事で、つまり、辛うじて《存在》が《存在》を、つまり、保てたんぢやないかな。
――渦は中心を持つわね。きつとゴツホは《存在》の中心を創造主たる神に問ふたのね。己が《存在》に中心はあるのかと。渦を巻く以外には最早《存在》はゴツホにとつて瓦解した《もの》だつたんぢやないかしら。吾は此の世に《存在》するに値する《存在》であつたのかと。ゴツホの全《存在》をかけての問ひだつた気がしないでもないわね。
――つまり、無限大、∞。つまり、ヴアン・ゴツホもまた、つまり、無限大といふものに、つまり、直感的に触れてしまつたのかもしれぬ。
――唐突に何? 無限大つて、あのさつきの無限大次元だつたかしら。その無限大次元の無限大? 
――さう。つまり、神の問題を突き詰めると、つまり、どうあつても、つまり、無限大に行き着いてしまふのが自然の道理さ。つまり、実際に夜空を渦巻くやうにしか描けなかつたヴアン・ゴツホもまた、つまり、無限大に触れてしまつたに違ひない。
――無限大に触れるつて? 
――つまり、一般に時空間は、つまり、四次元として誰しも認識してゐるから、つまり、仮に無限大次元でしか認識出来ないとすれば、つまり、ヴアン・ゴツホの「星月夜」のやうな世界が、つまり、描かれるしかない。つまり、世界はさうとしかあり得ないんだ、多分、ヴアン・ゴツホにとつては特に。
――――ううううああああああああ~~。。
 赤の他人の彼の人は相変はらずゆつくりと渦を描きながら、私の視界の中の何処とも知れぬ何処かへと飛翔を続けてゐたのであつた……。
――ねえ、無限大次元では全てが渦に収束するのかしら? 
――さうだね。つまり、僕個人の考へではさうとしか考へられない。つまり、全ての《存在》は渦へと収束する。
――ぢやあ、世界を無限大次元で忠実に描写すると正にゴツホの「星月夜」のやうにしかならないつて事ね。
――さう! 
――何となくだけど、あなたが言つてゐる無限大次元が解つたやうな気がするわ。
――さうか。つまり、無限は神に通じてゐるのさ。
 ここで私はブレイクの絵を指差し、雪に見るやうに促したのであつた。
――つまり、無限が神に通じる事が、つまり、このブレイクの絵で逆説的にではあるが、つまり、具現化されてゐると思ふが君はどう思ふ?
――う~ん、何をおいてもこの絵は峻厳な絵ね。この絵は「Europe a Prophecy(ヨーロツパ 一つの預言)」の口絵になつてゐる絵でしよ? 
――さう。つまり、かうしてブレイクは無理矢理にでも、つまり、無限なるものを封印せざるを得なかつたのかもしれぬ。
――無限を封印? この絵は無限の具現ぢやないの? 
――つまり、この絵に限らないんだけれども、つまり、ブレイクにとつては、つまり、無限は球状の火の玉に封印され、つまり、人間なるものが《存在》するこの世界の開闢が、つまり、宣告されてゐるやうにも見えるけどね。
――世界の創造ね。