小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

審問官第一章「喫茶店迄」

INDEX|22ページ/32ページ|

次のページ前のページ
 

――新発見だ! 
 と喜び勇んで論理は、その触手を伸ばせるだけ伸ばして何とか謎のその《面》を搦め取るが、へつ、謎はといふと既にその《面》を変へて、気が向いたらまたちらりと別の《面》を現はす。多分、論理は、特異点と渦とを、真正面から徹頭徹尾論理的に記述出来ない内は、謎がちらりと現はす《面》に振り回されつぱなしさ。だから尚更《存在》は特異点を隠し持つてゐると看做さざるを得ず、そして、渦を巻いてゐるに違ひない。私にはどうしてもさう思はれて仕方がないのさ。論理自体が渦を巻かない限り、謎は謎のまま論理を嘲笑つてゐるぜ、へつ。

…………
…………
 
 不意に私の視界は真つ暗になつた。私と雪は神社兼公園となつてゐる鎮守の森の蔭の中に飛び込んだのであつた。
――――ううううああああああああ~~。。
 彼の人は鎮守の森の蔭に入つて、私の視界が真つ暗になつた途端、その輝きを増したのであつた。街燈が灯つてゐる場所迄の数十秒の間、この歩道を歩く人波は皆、闇の中に消え、その《存在》の気配のみを際立たせて自らの《存在》を《他》に知らしめる外なかつたのである。闇に埋もれた《存在》。途端に何か得体の知れぬ《もの》の気配が蠢き出す闇の中、私は何とも名状し難い心地良さを感じてゐた。私は、それ迄内部に息を潜めて蹲つてゐた内部の《吾》が、ゆつくりと頭を擡げ正面を見据ゑたやうに、この闇を見据ゑたのであつた。前方数十メートル先の街燈から漏れる光で幽かに照らされた人波の群れが其処に動いてゐた以外、全ては闇であつた。見知らぬ他人の顔が闇に埋もれて見えぬ事の心地良さは、私にとつては格別であつた。それは闇の中で自身の《面》から解放された奇妙な歓喜に満ちた、とはいへ、
――《吾》は何処? 《吾》は何処? 
 と突然盲(めし)ひた人がそれ迄目の前で見えてゐた《もの》を見失つて手探りで《もの》、若しくはそれは《吾》かもしれぬが、その《もの》を探す不安にも満ちた、さもなくば、《他》を《敵》と看做して、ひたすら自己防衛に身を窮する以外ない哀れな自身の身の上を噛み締めなければならぬ、何とも名状し難い屈辱感に満ちた、解放と不安と緊迫とが奇妙に入り混じつた不思議な時空間であつた。闇の中では人の山がのつそりと動いてゐた。それは再び視覚で自身を認識出来る光の下への遁走なのか? 否、それは自己が闇と溶け合つて兆す《無限》といふ観念と自身が全的に対峙しなければならぬ恐怖からの遁走といふべきものであつたに違ひない。若しくは、それは自意識が闇に溶けてしまひ、さうすると最早、再び自己なる《もの》が再構築出来ぬのではないかといふ不安からの遁走に違ひなかつたのであつた。闇の中の人波は等しく皆怯へてゐるやうに私には感じられたのである。その感覚が何とも私には心地良かつたのであつた……。何故かと言へば、闇の中では皆須く闇に《存在》を溶暗する外ないその《存在》の有様が、何やら複素数の虚数部が肥大化に肥大化を重ねて、虚数のみが闇といふ時空間に溢れんばかりに自己増殖をする、つまり、最早《吾》が《吾》である根拠を見失つて茫然とする外ない、その哀れな《吾》に縋り付く《存在》の醜さが不意に露はになるその瞬間の《快楽》を、《存在》たる《もの》はそれが何であれその《快楽》を味はひ尽くさずにはをれぬ阿片の如き《もの》を《吾》に見出してしまふ、即ち、《吾》が《一》者から解放される、若しくは《無限》に出会ふ《快楽》が堪らないに違ひないのであつた。
 この闇と通じた何処かの遠くの闇の中で己の巨大な巨大な重力場を持ち切れずに《他》に変容すべく絶えず《他》の物体を取り込まずにはゐられず、更に更に肥大化する己の重力場に己自身がその重力で圧し潰され軋み行くBlack holeのその中心部の、自己である事に堪へ切れずに発され伝播する断末魔のやうな、しかし、自己の宿命に敢然と背き、自らに叛旗を翻し、そこで上げられるBlack hole自身の勝鬨のやうな、さもなくば自己が闇に溶暗する事で肥大化に肥大化を続けざるを得ぬ自己の宿命に抗すべく、何かへの変容を渇望せずにはゐられない自己なるものへの不信感が渦巻くやうな闇に一歩足を踏み入れると、闇の中では自己が自己である事を保留される不思議な状態に置かれる事に一時も我慢がならず、自己を自己として確定する光の《存在》を渇望する女女しい自己をぢつと我慢しそれを噛み締めるしかない闇の中で、《存在》は、「吾、吾為らざる吾へ」と独りごちて自己に蹲る不愉快を振り払ふべく自己の内部ですつくと立ち上がるべきなのだ。自己の溶暗を誘ふ闇と自己が自己であるべきといふ鬩ぎ合ひ。闇の中では《存在》に潜む特異点が己の顔を求めて蠢き始めるのだ。それ迄光の下では顔といふ象徴によつて封印されてゐた特異点が、その封印を解かれて解き放たれる。闇の中では何処も彼処も《存在》の本性といふ名の特異点が剥き出しになり、その大口を開け牙を剥き出しにする。この欲望の渦巻く闇、そして、《存在》の匿名性が奔流となつて渦巻く闇。私も人の子である。闇に一歩足を踏み入れると闇の中ではこの本性といふ名の阿修羅の如き特異点の渦巻く奔流に一瞬怯むが、それ以上に感じられる解放感が私には心地良かつたのである。私の内部に隠されてあつた特異点もまた、その毒毒しい牙を剥き出しにするのだ。無限大へ発散せずにはゐられぬ特異点を《存在》はその内部に秘めてゐる故に、闇が誘ふ《無限》と感応するに違ひない。しかし、一方では私は、闇が誘ふ《無限》を怖がつてぢつと内部で蹲り頑なに自身を保身する事に執着する自身を発見するのであるが、しかし、もう一方では、きつと目を見開き、眼前の闇に対峙し《無限》を持ち切らうとその場に屹立する自身もまた内部で見出すのであつた。とはいへ、《無限》は《無限》に対峙する事は決してなく、《無限》と《無限》は一つに重なり合ひ渾然一体となつて巨大な巨大な巨大な一つの《無限》が出現するのみである。私はこの闇の中で《無限》に溶暗し、私の内部に秘められてゐるであらう阿修羅の如き特異点がその頭をむくりと擡げ、何やら思案に耽り、闇の中でその《存在》の姿形を留保されてゐる森羅万象に思ひを馳せ、その《物自体》の影にでも触れようと企んでゐる小賢しさに苦笑するのであつた。
――ふつ。
 確かに《物自体》は闇の中にしかその影を現さぬであらう。しかし、闇は私の如何なる表象も出現させてしまふ《場》であつた。私が何かを思考すれば、たちどころにその表象は私の眼前に呼び出される事になる。闇の中で蠢く気配共。気配もまた何かの表象を纏つて闇の中にその気配を現はす。それは魂が《存在》から憧(あくが)れ出る事なのであらうか……。パンドラの匣は闇の中で常に開けられてゐるのかもしれぬ。そして、そのパンドラの匣には魑魅魍魎と化した気配共が跋扈する。この闇の中で《存在》の下には《希望》なんぞは残される筈もなく、パンドラの匣に残されてゐるのは現代では《絶望》である。
――――ううううああああああああ~~。。