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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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審問官第一章「喫茶店迄」

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――う~ん、……さうね、多分。だつて、現在生きてゐる人類の多くは貧困に喘いでゐて、その貧困から脱出する術すら未だに見つけられずにゐるぢやない。人間が社会に寄生して生きる外ない生き《もの》で、しかもそれが《自由》の下ならば、人類の現状はそのままこの国の社会にも反映されなければならず、つまり、Fractal(フラクタル)、即ち、自己相似形として、如何なる社会も世界の縮図として表れる外ない筈だし、そして《自然》は必ずさう仕向ける筈よ。《自由》が《自由》を束縛するのよ、皮肉ね。あなたもさう思うでしよ。一握りの先進国が富を独占してゐる世界の現状が《自然》ならば、この国の社会もそれをFractalに、えへつ、つまり、《自然》に反映した世界の縮図にならなければ神はそもそも不公平だと。つまり……この国の国民の殆ども貧困に陥らないとその社会は嘘つて事ね。 
 雪はさう言ふと不意に満月を見上げ、 
――ふう~う。 
 と煙草を一服したのであつた。 

…………
………… 
 
 ねえ、君。社会に不満を持つのは舌足らずな思考をする青年の取り柄だが、当時の彼女もまた当然若かつたのだ。ねえ、君、私は攝願として比丘尼になつた今の雪の考へをもう一度聞いてみたいがね。 

…………
………… 

――ねえ、つまり、多様性は、つまり、さうすると、どうなる? 
 私は満月を見上げる雪の肩をぽんと叩き、筆談を続けたのである。 
――Paradigm(パラダイム)変換が必要ね。市場原理による《自由》な資本主義にたかつて生きるならば、一握りの大富豪とその外殆ど全ての貧乏人といふ《多様》に富んだ階級構造は受け入れるしかないわね。でも、擬似かもしれないけれども封建制度の復古等等、Paradigm変換は必ず訪れるわ。峻険な山がなだらかな山へと風化するしかないやうにね。 
――でも、君、つまり、峻険な山が、つまり、風化してPyramidのやうになつたとしても、つまり、その社会は活力が、つまり、減衰してゐないかい? 
――さうね、あなたの言ふ通りね。でも、地球を《自然》の典型と見るならば、或る日突然地殻変動が起きて、Himalaya(ヒマラヤ)の山々のやうな大地に峻険と屹立する途轍もなく高い山が再び此の世に出現する筈よ。それがParadigm変換ぢやない?  
 と、言ふと、 
――ふう~う。 
 と、雪は煙草を一服したのであつた。 
――――ううううああああああああ~~。。
 相変はらず私とは全く面識のない赤の他人の彼の人は、私の視界で明滅しながら音為らざる声を上げ続けてゐるのであつた。 
――つまり、峻険なる富の山を築いた、つまり、大富豪は、その富の山の、つまり、途轍もない高さ故に、つまり、エベレストの頂上では生き《もの》が、つまり、生きられないやうに、つまり、大富豪もまた、つまり、富の山の頂上では、つまり、生きられないとは思はないかい?  
――ふう~う。 
 と、雪は煙草を一喫みしながら何やら思案に耽るのであつた。 
――……さうねえ……マチユピチユの遺跡のやうに……《生者》より、輿に乗つて祀られる木乃伊(みいら)と化した《死者》の人数が多い……生死の顚倒した、それこそ宗教色の強いものに変化しないと……峻険なる富の山では人間は生きられないわね……。それにしてもあなたの考へ方つて面白いのね、うふつ。 
――つまり、するとだ、個人崇拝、つまり、それも死者に対する、つまり、個人崇拝といふ化け物が、つまり、此の世に跋扈し始める。つまり、さうなると、つまり、気色の悪い赤の他人である、つまり、その死んだ者に対する個人崇拝が、つまり、人間が生来持つ宗教に対する、つまり、尊崇の念と結びついて、つまり、巨大な富の山を築いた、つまり、死んだ者への個人崇拝といふ、つまり、気色の悪い尊崇が、つまり、峻険なる山型の階級社会を、つまり、何世代にも亙つて固着させ、つまり、貧乏人は末代迄も、つまり、貧乏人ぢやないかい? つまり、例へば、キリストの磔刑像に、つまり、平伏す基督者達は、実のところ、つまり、教会の教皇が絶大な権力と富とを、つまり、保持してゐる事に対しても畏れてゐる、つまり、象徴として一生貧乏だつたキリストの磔刑像を、つまり、教会内に安置してゐるが、つまり、しかしだ、つまり、基督者達を統べてゐるのは、つまり、絶大な権力を今も保持してゐる、つまり、教会であり、つまり、その頂点の教皇だといふ事は、つまり、周知の事実だらう?  
――――ううううああああああああ~~。。
 その瞬間、私の視界から去らうとしない赤の他人の彼の人がゆらりと動き、私を凝視するやうに真正面を向いた。そして、相も変はらずに、 
――――ううううああああああああ~~。。
 と、音為らざる声を瞑目しながら発し続けてゐたのである。 
――不思議ねえ。ねえ、人間つて倒錯したものを好んで崇拝する生き《もの》なのかしら?  
――さうだね、つまり、貧富が顚倒したキリストに、つまり、象徴されるやうに、つまり、《欲望》が剥き出しのままでは、つまり、人間は、つまり、己の《存在》を、つまり、認めたくないんぢやないのかな。つまり、そこに己の卑俗さが、つまり、露はになるからね。つまり、そもそも人間は自己対峙が、つまり、苦手な馬鹿な生き《もの》なのは間違ひない……。しかし、つまり、己が卑俗であるが故に、つまり、《高貴》なものを倒錯した形で崇拝せざるを得ない馬鹿な生き《もの》が、つまり、人間なのかもしれない。 
――何だかまるで建築家のガウデイが重力を考慮して建築物を作り上げる為にその模型を逆様にぶら下げてみた、正にその逆様になつた建築物の模型みたいね。 
――つまり、天地が倒錯したものこそ、つまり、《自然》なのかもしれないね。つまり、所詮人間は、つまり、重力からは遁れられない、つまり、哀れな生き《もの》に過ぎないからね。つまり、天を向く垂直軸の不自然さに、つまり、気付いたガウデイは、つまり、天地が顚倒した建築物を、つまり、重力に《自然》な形の《もの》として、つまり、建物を逆様にぶら下げてみた……。つまり……天地の逆転の中に、つまり、或る真実が隠されてゐるのかもしれない……。つまり、人間はあらゆるものに対して、つまり、それが《剥き出し》のままだと、つまり、自然と嫌悪するやうに、つまり、創られてゐるのかもしれないね。 
 私は再び煙草を一本取り出し、それに火を点け一服したのであつた。 
――ふう~う。 
――木つて不思議ねえ。 
 と、雪がぽつりと呟いた。
 私は雪がぽつりと呟いたその一言に全く同意見であつた。私と雪は二人で煙草を、
――ふう~う。 
 と一服しながら互ひの顔を見合い、そして互ひににこりと微笑んだのであつた。 
――ねえ、君。つまり、アメリカの杉の仲間の、つまり、巨大セコイアといふ、つまり、巨樹を知つてゐるかい?  
 雪は私のMemo帳を覗き込むと、
――ええ、もう何千年も生きて百メートルにならうといふ木でしよう。それがどうしたの?  
――ねえ、つまり、毛細管現象は知つてゐるかい? 
――ええ、知つているわ。それで?