THE [FIRST] BOOK OF URIZEN
それといふのも移ろひやすい雲と暗黒の中
下では冬のやうな夜の中
ロスの「奈落」は底知れぬほどに伸びし
そして、見られし、今は曖昧模糊としていたとはいへ、目で
「幾つもの永劫」の、その光景は遠く離れり
分裂が現れし暗黒から。
拡大鏡が「数数の世界」を発見するが如く
空間の「奈落」の底なしの中で、
かやうにして「不死のものたち」の広がりし目は
ロスの暗黒の幻視を見し、
そして、生の血の球は震へながら。
8.生の血の球が打ち震へし
根が枝分かれしながら、
繊維状のもの、風に身悶へしながら、
血、乳、そして、涙の繊維束、
劇痛を伴ひ、永劫が永劫に重なり、
涙と叫びの長さで具現化してをり
一人の女性の打ち震へながら蒼白き形が
彼の死者やうな顔貌の前で揺れ動くなり
9.第一の女性の一瞥でぞっと身震ひせし
全ての「永劫」から、今、分裂せし
雪雲のやうに蒼白く
ロスの顔の前で揺れ動きながら
10.驚愕、畏れ、恐怖、驚嘆、
永劫の数多は石化せし、
第一の女性の形となりて、今、分裂するなり
彼らは彼女を「憐憫」と呼びし、そして、逃げりけり
11.「彼らの周りに強靱な垂れ幕をして、天幕を広げよ
「綱と杭をして『虚無』に縛り付け給へ
さうして『幾つもの永劫』が最早彼らを見ないやうに」
12.彼らは漆黒の垂れ幕を織り始めぬ
彼らは「虚無」の周りに柱の数数を立てし
金の鉤金で柱の数数に留めし
「幾つもの永劫」の無際限の労力をして
一つの織物を織りぬ、そして、それは「科学」と呼びし
第六章
1.しかし、ロスは女性を見し、そして、悲しむけり
彼は彼女を抱き締め、彼女は悲嘆に暮れ、彼女は拒みぬ
邪で残酷な悦びの中
彼女は彼の腕から逃げし、しかし、彼は追はぬけり
2.永劫は二人を見しとき身震ひし縮こまりし、
男性は彼に似せて生まれし、
彼自身の写し鏡の像のやうに。
3.一つの時が過ぎさりぬ、「幾つもの永劫」は
天幕を立て始めぬ、
エニサーモンが吐き気を催しとき、
彼女の子宮に「蛆虫」を感じけり。
4.しかし、助けなき中、それは「蛆虫」の如く横たはれり
波打つ子宮をして
存在を作るべく
5.昼の全てはその蛆虫は彼女の胸に横たはりぬ
夜の全ては彼女の子宮の中で
その蛆虫はそれが一匹の大蛇に成長せしまで横たはりぬ
悲痛なシューシューといふ音を立てつつ、毒とともに
エニサーモンの腰にとぐろを巻き、
6.エニサーモンの子宮でとぐろを巻きぬ
大蛇は鱗を脱皮しつつ成長せし
鋭い痛みを以てしてシューシューといふ音が
キーキーと軋むやうな不快な叫び声へと変はり始めぬ
数多の哀しみと暗鬱で刺すやうな陣痛の数数、
魚、鳥、そして、野獣の多くの形、
一人の「幼子」の形で生まれし
以前、蛆虫であった其処には。
7.「幾つもの永劫」は天幕を仕上げ終へし
彼らの陰鬱な幻像をして動揺しぬ
エニサーモンが呻き声を上げながら
一人の男の子供を光に対して産みし時
8.一つの金切り声が「永劫」を劈きぬ、
そして、麻痺せし発作、
「人間」の影の誕生時。
9.彼の堪へ性のない手段で地を掘りつつ、
ヒューヒューと唸り声を上げながら、凶暴な炎に包まれし「子供」が
エニサーモンから出現す。
10.「幾つもの永劫」は天幕を閉ざし
彼らは杭を打ち倒しけり、綱は
永劫の作業の間伸び切ってぴんと張りにけり
最早ロスは「永劫」を見るまじ
11.彼の手で彼は幼子を引っ摑みぬ
彼は彼を哀しみの泉で沐浴す
彼は彼をエニサーモンへと渡しぬ。
第七章
1.彼らは「子ども」をオークと名付けし、彼は成長す
エニサーモンの乳を与へられて
2.ロスは彼女を起こしぬ、おお、哀しみと痛み!
一つのぴんと伸びし腰帯が生じ
彼女の胸の周りに。噎び泣く中
彼は二人を繋ぐ腰帯を破りし
しかし、まだ別の腰帯が
彼女の胸にきつく巻かれし、噎び泣く中
再び彼はそれを破りぬ。再び
別の腰帯が繋がれし
腰帯は昼の間は形作られし、
夜の間は二人の間は引き裂かれぬ
3.それらは巌の上に落ちつつ
鉄の「鎖」へとなりし
お互ひ鎖の環と環で固く組み合はされし
4.彼らはオークを山の頂に連れ行きし。
おお、エニサーモンのなんと泣いたことか!
彼らは彼の若い四肢を巌に鎖で縛り付けし
「嫉妬の鎖」をして
ユリゼンの下は死のやうな影
5.死者は子どもの声を聞きし
そして、眠りから目覚め始めぬ
あらゆるものが。子どもの声を聞きし
そして、生の目覚めが始まりぬ
6.そして、飢ゑで渇望してゐるユリゼンは
「自然」の臭ひをひりひりと痛みを伴って感じけり
辺りで彼の隠れ処の数数を探査するなり
7.彼は一本の糸と一つの測鉛を形作りし
下方の「奈落」と分かつべく。
彼は分断の法則を作りし、
8.彼は重さを測る秤をつくりし、
彼は重き分銅を作りし、
彼は真鍮の象限儀を作りし、
彼は金のコンパスを作りし
そして、「奈落」を探査し始めぬ
そして、彼は果実の庭を作りし
9.しかし、ロスはエニサーモンの周りを囲みし
「預言」の炎をして
ユリゼンとオークの視野から隠すやうに
10.そして、彼女は巨大な一種族を産みし
第八章
1.ユリゼンは探査するなり、彼の隠れ処の数数を
山を、荒地を、そして、原野を、
炎で輝く一つの球体とともに彼は旅するなり
恐怖の旅、悩まされし
残酷な極悪非道な行為によりて、形態の数数
彼の孤独な山での生活の
2.そして、彼の世界は厖大な極悪非道の行為で満ちてゐるなり
争ひ、不信、媚び諂ひつつ
生の部分部分では、似姿の数数
一つの足の、然もなくば、一つの手の、然もなくば、一つの頭の
一つの心臓の、然もなくば一つの目の、それらは有害なもので溢れてをり
ぞっとするやうな恐怖! 血は悦びに血湧き肉踊りし
3.ユリゼンにとって見るもの殆どは暗鬱にさせし
彼の永劫の造化が現れるなり
山脈の上で哀しむ息子たちと娘たちとして
泣いてゐる! 泣き叫んでゐる! 最初にシリエルが現れり
彼自身の存在に吃驚せし
雲から生まれし男のやうに、そして、ユーサは
水から出現す、哀しみの中!
グロドゥナは呻きながら地深くを引き裂きぬ
何といふことか! 彼の天に無数の罅が入るなり
暑熱により干からびた地面の如し、それからフューゾンが
燃え盛る炎から出現す! 最初の起因となりしが、最後に生まれし。
全ての永劫の子供たちは作風の点で似てゐるなり
彼の娘は薬草と牛から
怪物たちから、そして、穴凹の蛆虫から生まれし。
4.暗黒の中に鎖されし彼は、彼の眷属を全て見し
そして、彼の魂は暗鬱となりし! 彼は呪ひし
息子たちと娘たちの両方を、それといふのも彼は知りし
肉も魂も保持できぬけり
一寸の間すら彼の鉄の法則を。
5.それといふのも彼は生が死の上に生きてゐたことを見し
屠殺場の「雄牛」は断末魔を上げし
冬野やうな扉には「犬」が
そして、彼は泣きぬる、そして、彼はそれを「憐憫」と呼びし
そして、彼の涙は風の上に溢れけり
6.冷たい彼は上空高く彷徨ひ歩くなり、彼らの市市の上を
泣きながら、そして、激しい痛み、そして、深い哀しみ!
そして、何処とはいはず哀しみの中、彷徨ひぬ
歳経た天の上を
一つの冷たき影が彼に付き従ひぬ
作品名:THE [FIRST] BOOK OF URIZEN 作家名:積 緋露雪