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積 緋露雪
積 緋露雪
novelistID. 70534
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蟻地獄~積 緋露雪作品集 Ⅰ

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――だから、《生》が面白いのさ。
――へつ、そんな事でお前は《生》を繋ぐといふのかね? それぢや、未だ見ぬ未来人に対して合はせる顔がありやしないぜ。
――さうかね? 私は、それ故に、ドストエフスキイを超えた《もの》を認めたいと思ふのだがね。
――それが、無茶苦茶なのさ。ドストエフスキイを超えるだつて? それは永劫に亙つて不可能だぜ。
――だから、この《吾》は《生》を繋げるのぢやないかね。超えるべき《もの》に出合ふといふ幸運は、さう簡単にはあり得ぬからね。
――否! 誰もが超えられぬ《もの》の《存在》を認識してゐるぜ。例へばお前はお前の親を超えたと思つた瞬間があるかい? ないだらう?
――つまりだ。この《生》には、元来、超克するべき《もの》を最も身近な処に坐させるのさ。しかし、《吾》はどう足掻ゐた処で親とは死別する運命にある。これは何《もの》も避けられぬ事だ。つまり、親は超えられぬままに、《吾》の元から彼の世に出立し、《吾》は独りで、若しくは、伴侶を得、子を儲けて「自立」する事を余儀なくされる。
――それとドストエフスキイと何の関係があるといふのかね?
――つまり、人生とは不可思議で面白いといふ事さ。
――それぢや、何の説明にもなつていないぜ。例へば国旗に文字を書き込むのは、多分、日本人以外ゐないと思ふがね。つまり、日の丸に文字を書き込む日本人は、他国に比べて今も尚、言霊信仰が、さうとは自覚してゐなくとも、厳然と《存在》してゐると看做せる。その日本人であるお前は、お前の魂を揺さぶつて已まないドストエフスキイの巨大作群には、言霊が確かに《存在》するその証左を見てしまつたからぢやないのかね?
――それ故に、日本人は言霊を、この高度科学技術文明社会においても原初的な力が宿る《もの》として、無意識に感じ取つてゐるとも言へる。
――それつて何故なのかね? 何故に日本人のみ国旗たる日の丸に文字が書き込めるのか――。
――文字が神聖で冒すベからぬ《もの》として、今も古代の習俗が残つてゐるからだらう?
――つまり、国旗に文字を書き込む日本人といふ《もの》は、私が言ふ《念》といふ《もの》を不知不識のうちに信じてゐるといふ証左だね?
――《念》ずれば伝はり、成し遂げられるといふ信仰が今も根付いてゐるのさ。それ故に、私は、日本語でドストエフスキイを超える作品を書きたいのさ。
――それが無謀な神をも畏れせぬ所業だといふのさ。
――だが、何《もの》によつてか、ドストエフスキイを乗り越えねばならぬのは人類に託された宿題な筈だ。
――しかし、それつて既に何人もの先達が挑戦してゐる筈だが、しかし、それでも尚、断然ドストエフスキイの方が輝いてゐるのが実情だらう。
――だからといつて、この無謀とも言へる挑戦に挑まなくてどうする? 「現存在」ならばどうあつてもドストエフスキイに挑戦しなければ、己に対する屈辱は尚更益すばかりで「現存在」は死に追ひやられるのみさ。また、ドストエフスキイにぶつからないでやり過ごそうなどという輩は思想なんぞ語る資格すらない。そして、恥ずかしくて「現存在」を《吾》と名指す事など生涯、否、未来永劫に亙って出来やしないんだぜ。乗り越えるべき「壁」は高くて頑丈なほどいいに決まつてゐる事は言はずもがなだらう。そして、現代においても尚、その輝きに微塵の陰りもないドストエフスキイの巨大作群には、強烈至極な《念》が宿つてゐるぢやないか。それ故に乗り越え甲斐があるのさ。
――さう思ふのであれば、さうすればいいだけのことだらう。そんな事、此処で公言するものでもないだらう。やりたければ好きにすればいい。
――何を他人事のやうに言つてゐるのかね。この問題は全人類に投げかけられている大問題なんだぜ。ドストエフスキイが全人類に投げかけた問題を解かずして、未来があると思ふかい? 
――そんなことお前に言はれずとも重重承知してゐるがね。更に言へば、二十一世紀の現代において、ドストエフスキイが生きてゐた時代に持ち越しにされてゐた問題が世界各地で噴出してゐるこの事態は、再びテロルの時代を齎したわけだが、さて、この凄惨な事態に対して「現存在」には何が出来るのか考へざるを得ず、これを避けて抛つておくと、テロリストを世界各地にばらまくだけといふ事を知つてしまつた「現存在」はどうすべきか狼狽へてゐるばかりなのである。
――だから尚更、「現存在」は日常にテロルがあると言ふ「現在」に戸惑つてゐるんぢやないかね。
 彼はさう黙考の中に沈潜しながら、人間のどうしやうもない性に対して絶望する外ないのかと、深い哀しみに魂魄が圧し潰されさうになりながらも、こんな時代だから尚の事、生き延びなければならぬと覚悟するのであつた。とはいへ、テロルに及ぶ《もの》達の、その深い「人間」に対する憎悪は何に起因するのだらうと思ふのだが、それは現在世界で起きてゐるテロルの殆どは、近親憎悪に思へなくなかつたのである。しかし、近親憎悪程、此の世で厄介で残酷な事はなく、また、その闇の深さは底無しに違ひなく、それは、多分に互ひに争つてゐるどちらかが剿滅する迄続くに違ひないと思へなくもないのであつた。
――近親憎悪? 言ふに事欠いて近親憎悪だと? つまり、現在世界を蔽つてゐる暗い暗い暗い影は、骨肉の争ひに過ぎぬと言ふのかね。お前の見方は、現在世界で起きてゐるテロルは近親憎悪以上でも以下でもないと言ふ事なのかね? これは異な事を言ふ。仮に未だ宗教が存在してゐなかった太古の昔であつても、戦争は、哀しい哉、厳然と存在してゐた筈だがね。つまり、宗教にテロルの起因を求めるのは間違ひだぜ。多分に「人間」の死生観が変化してしまつたと看做した方が賢明だらう?
――つまり、己の死は己独りで完結させるものではないと?
――ああ。テロルとはそもそも自爆者独りで完結するものと言ふ考えは全く存在せずに、身も知らぬ《他》をなるべく多く死に巻き込むと言ふ事がその使命だらう。つまり、死は日常のあらぬ処に何時も転がつてゐるのさ。さうして此の世を蔽ふ《ざわめき》には身も知らぬテロリストに殺された無辜の人たちの怨嗟も混じり始めたのさ。だから、それは耳を劈く程に鋭く強烈な音にも変化しちまふのさ。
――つまり、テロルに巻き込まれた無辜の人たちは未だに己の死を自覚してゐないと?
――当然だらう。彼らは未来永劫己が死んだとは思ひもよらぬ筈だ。更に悪い事に、テロルで死んだものは大概異教徒か宗派が違うものに殺されてゐる。これ程残酷な事はないだらう。
――つまり、テロルに巻き込まれて死したものは、「現存在」の自由の最後の砦たる死を、無理矢理剥奪された何かへと強制的に変化させられた哀しむべき存在なのだらうか。
――大いに哀しむべきと思はれるのだが、それでも一体全体何事が起きたのかを全く知らずに死んでしまつた彼ら彼女らは、此の世を恨んで彷徨ひ続けると言ふ、何ともやるせない、しかも、恐ろしき存在へと必ず変化してゐて、死した彼女彼らは誰彼と見境なく憑依しては、更なるテロルを実行するのかもしれぬな。