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テッカバ

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 そしてそのまま彼は無言で神田さんに突撃した。
 肉を突き通す嫌な音がして、神田さんの胸から血が噴き出して辺りを朱に染める。目の前であり得ない、という表情のままゆっくりと仰向けに倒れていく神田さんを、彼はやっぱり無言のまま眺めていた。
 どこかで見た事のある光景だな、と思ったら私自身もやったことのある事だ。高槻研究室から出てきた唄方くんを不意打ちした時と同じ感じで、今目の前で人が殺された。
 ――そう、殺されたのだ。
「殺……人……」
 無意識の内に呟いていた。叫ぶでもなく、犯人を取り押さえるでもなく、目の前で起こった信じられない事を現実として認識する為に。
 私の言葉が聞こえたのか黒レインコートの人はこちらを振り返る。コートの正面は真っ赤な鮮血で染められていた。
 それも束の間、犯人は突然身を翻すと踊るように暗闇の観客席へと飛び降りた。立ち見の客も居て鮨詰め状態の観客席へ、彼は消えていく。
「きゃああああああああああああ!」
 初めてそこで誰かの悲鳴が沈黙を裂く。
 こうして時間が止まったかのような不気味な犯行は終わり、私のギャンブラーとしての初めての事件が始まった。
作品名:テッカバ 作家名:閂九郎