テッカバ
今日の私は細身のデニムパンツにノースリーブとファッションタイ。大学生としては標準的な格好だけど、この高級感溢れるカジノにはいささかそぐわない気がした。
「どう? これが鉄火場本部だよ」
奈々子が言った。彼女も唄方くんも微塵の緊張も感じられない自然体だ。
私は「うん」と曖昧な返事をしながら圧倒されてその場に立ち尽くしていた。
すごい……これが鉄火場なんだ……。
二人が歩き出したので見失わないように気をつけてついて行くと、ホールの片隅にあるバーカウンターに着いた。看板には「芽樽木屋」と激しくうねった書体で書かれている。読み方は不明。
全体的に赤っぽかったホールに対して、このカウンターのある一角は青い壁と床だ。十人程が並んで座れるカウンター席とおしゃれなデザインのテーブル席が六つ。奈々子と唄方くんは迷わずカウンター席に向かったので私も横に座る。
「マスター、いつもの」
「おじさん、アタシもいつもので」
カウンターの向こうでグラスを拭いている、額にバンダナを巻いた男の人に唄方くんと奈々子が次々にオーダーをする。無口なのかマスターは黙ってグラスを二人の前に一つずつ出し、台の下からオレンジジュースとフルーツ牛乳の紙パックを取り出して注いだ。
「え、えーっと……アイスコーヒーあります?」
お前は何にする? とマスターに目で訊かれたのでとりあえず好物を注文する。一見大人向けのお洒落なバーだが、フルーツ牛乳を置いているくらいだからコーヒーもあるだろう。
マスターは黙って円錐型のグラスを棚から取ってコーヒーのボトルを注ぎ、ガムシロップとシュガー
を一つずつ付けて私に寄こした。無愛想な人だが、かき混ぜ用のスプーンもワンテンポ遅れてくれる辺り、気遣いはよく出来る人のようだ。
「ぷは〜。やっぱ『めたるぎや』のフルーツ牛乳が一番だわ〜」
グラスの半分以上を一気飲みした奈々子が言った。
どうやらさっきの看板は「めたるぎ屋」と読むらしい。明らかにマスターが注いだのは市販のフルーツ牛乳だったが、一々突っ込むのも無粋だと思って止めておいた。
私もストローに口を付けてみるが、中々美味しい。こちらも市販のメーカーのボトルから注がれていたが、氷の分量が絶妙なのか程良く冷やされたコーヒーは他で飲むよりも味が上がっている気がする。
唄方くんがストローを一旦置いた。