テッカバ
……よし、入ろう。そう思った瞬間ドアが開いた。
無言で私はドアから出てきた人物に突進した。さながら颯爽とビルの間を通り抜ける夏の風のようにまっすぐ高槻の懐に入り込んだ私は、ハンカチで握った袖口の包丁を奴の左胸に突き出す!
自分で言うのもなんだが、初めてとは思えないくらい手際が良かったと思う。鈍い感覚が右手から伝わってきて、刺した勢いでのタックルまで受けた高槻は壁に立てかけてあった3本のガスボンベに叩きつけられ、動かなくなった。
……ふぅ。
高槻に背を向け呼吸を落ち着ける。自分の仕業とは言え死体はあまり眺めたくない。
終わった。永遠とも思える時間を待った後でやって来た勝負の一瞬はあまりにあっけなく、味気なかった。でもこれで良い。これでかりんは救われる……
「まったく、手際の良い人だ」
突然後ろから肩に手を置かれる感触がした。信じられない……廊下には私と死体しか居ないはずなのに……。
つまり今私に話しかけているのは高槻しかありえない……。
仕留め損ねたか? そう言えば刺した瞬間の感覚が妙に硬かった気もする。
冷や汗が全身から噴き出し、息が出来ない。振り返って確かめれば全てが終わってしまうような気がして振り返れない。
後ろから高槻のもう片方の手が伸びてくる。手は震える私から一滴も血の付いていない包丁を静かに奪うと床に捨てた。
そこで何かおかしいと気付く。高槻にしては相手が妙に落ち着いている。武器を奪っておきながらそれを放棄するのは卑劣な奴のすることとは思えなかったのだ。
「殺人はやめておきましょうよ。割に合いませんよ?」
ゆっくりと振り返ると、そこに居るのはハゲかけた中年の高槻ではなく、妙に逆立った髪をした一人の若者だった。