テッカバ
聞けば、かりんがはめられたのと同じような手口で高槻とそのゼミ生は毎年気弱そうな見学生を狙って罠にかけているらしい。かりんはその噂を聞いたことがあったが大学の先生がそんな事するはずない、と思っていたそうだ。
かりんはひたすら私に謝った。迷惑かけてごめんなさい、こんな話しちゃってごめんなさい、私の不注意だったのにごめんなさい、巻き込んじゃってごめんなさい……
どうやら彼女が一番気がかりだったのは、高槻たちが己の悪行を隠ぺいしようとして私になんらかの口封じをすることだったようだ。そんな事を思うなら話さなきゃいいものを……何て邪険な扱いは私には出来なかった。
彼女は怖かったのだ。昨晩は眠れずに泣きとおしたのだろう。飲酒発覚による処分も呼び出しも同じくらい怖かったのだろう。そんな恐怖に囚われた彼女が勇気を振り絞って助けを求めたのが私だったのだ。――助けるしかない。
そもそも飲酒なんてそこらへんの一年生だって(私も含めて)やっている事なのだ。ましてや写真を撮られたと言ってもビンから直接飲んでいたりしなければ「ジュースでした」で誤魔化せる。
そんな冷静な思考も出来ない程、真面目な彼女は追い詰められてしまったのだ。それを見越した上で罠をかける相手を選んでいる高槻がなお憎い。
私はこの娘に期待されている。頼られている。……それに応えなくちゃならない。
目の前で涙をこぼしながら謝り続ける彼女の想いに比べれば、割に合わない殺人なんて軽いものだと考えた。
私は今、高槻の研究室の前の廊下の角に隠れている。
雑然とした廊下には使いっぱなしのモップや何かの気体が詰められている大型のガスボンベなど、気を付けていなければ足をつっかえてしまいそうな物品が壁に立てかけられている。
袖口に隠した包丁は先ほど学校生協で購入してきたものだ。ステンレス製でピカピカに光った刀身はどんなものでも貫けそう。
――――そう。研究室に居る高槻の心臓も。
ゼミ生は全員講義に出ているのを確認済み。今研究室に居るのは高槻だけ……
ジワリ。汗が噴き出て頬を伝う。
部屋に押し入って刺そうか? それとも出てくるのを待つか……
不用意に部屋に入れば指紋や髪の毛といった証拠を残してしまうかもしれない。その点廊下ならいくらでも言い訳が効くが、もたもたしているとゼミ生が戻ってくるかもしれない。