テッカバ
「ナイスです。刑事さん」
「だから刑事じゃなくて警部だ」
「でも今自分で刑事って言いました」唄方くんが割り込んでくる。
「細かいことを気にするな」
くすっ。誰かが笑った気がした。
誰かと探すと意外な人。さっきまでの剣幕はどこへやら、かりんが微かに微笑んでいたのだ。とうとう気がふれてしまったのかと私は不安になる。
そして自分から部屋の出口へと歩き出す。それを慌てたようについて行く警部。あまりの潔さに私は更に驚いた。
出口まで来て立ち止まるかりん。背中を向けたまま気丈な声で言った。
「運が良いんですね。ギャンブラーさん」
自分が呼ばれたことに一瞬、驚いた様子の唄方くん。しかしすぐにいつもの顔つきに戻り、
「よく言われますよ」
ニヤリと笑っただけだった。
くすり。彼女ももう一度笑うと、警部と一緒に廊下の向こうへと消えていった。
最後の舞台に立つ役者のように、ゆっくり、ゆっくりと。
「まったく、あんたはどこまで運が良いのよ」
場所は再び部活棟屋上。斜めに降る夕陽を浴びながら私は缶コーヒーに口を付ける。
事件は終わった。でも私とかりんはこれで終わりだろうか?
そんなことを考えながら眼下の学生を見下ろす。
ごちゃごちゃと混ざり合ってても、一人一人違う人間なんだよねぇ……。背の高い人、低い人、賢い人に強い人。そしてかりんみたいに弱い人。当たり前だけど、世の中いろんな人が居るんだ。裏じゃ最低なことしてる大学教授も、純情可憐な容姿の殺人犯も、異常に運の良い探偵も。ついでに少々腹黒いだけな、ごく普通の女の子である私も居る。
「あれ? 気づいて無かったんですか?」
以外そうな顔の唄方くん。彼の手にはオレンジジュース。
気づいて無かったって、何に?
「銃の不発の件、偶然なんかじゃないですよ」
……嘘!
「こんなこともあろうかと、壁を撃った後に銃のリボルバーを一つ前にずらしておいたんです。つまり自分の頭のわきで引き金が引かれた時、リボルバーは既に発砲済みで空だったんです」
「どうしてそれを先に言わないのよ!」
「だってその方が面白いでしょ?」
……反論する気が失せた。
でも、リボルバーをずらしただけって事は、もう一発撃ってたら唄方くんは死んでたって事だ。まさか、その後すぐに私が包丁で止めに入る事まで予想してたの?
「それは流石に偶然です」